2017年12月28日

やさしさで溢れるように

サンフランシスコ国際空港で、搭乗前に酒を一杯引っ掛けながら、この1年を振り返っている。

エジプトのナイル川で仲間と年を越し、アメリカに戻ってからは仕事でばたばたしているうちに、気がつけば40を迎えていた。

40になっても日々の小さなことで一喜一憂しているのは変わらないが、まだまだ死なずに元気にやれている。(あの台湾人青年の「先輩、40歳で亡くなります!」宣言は、なんだったのかすら?!

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携帯のお気に入りに入れている、自分がよく読むブログのひとつに、東京の外苑前に住むゲイのサラリーマンの方が書かれているものがある。

東京で学生をしていた頃に自分も憧れていた広告代理店で働きながら、彼氏さんとの日々の生活を綴っているもので、自分も学生時代は外苑前でバイトをしていたので、勝手に親近感を覚えて愛読している。

その彼が以前、

”『ありがとう』と5万回口にしたら、人生が変わる”

と書いていた。

2017年は、「笑顔を心がける」を目標にしていたが、

2018年は、自分も「ありがとう」を相手に伝えるのを目標にしよう、と思う。

- いつも飲み相手、相談相手になってくれる友達に、「ありがとう」

- 夜残業して仕事を終えてくれた職場の若手に、「ありがとう」

- 朝早くからバスを運転してくれる運転手さんに、「ありがとう」

- 仕事でピンチのときにいつも手を差し伸べてくれる上司に、「ありがとう」

- 長年付き合いを続けてくれているクライアントに、「ありがとう」

- 丁寧で気持ちのよいサービスをしてくれる日本航空のFAさんに、「ありがとう」

- このオカマの独り言ブログを読んでくれている方々に、「ありがとう」

- うまれてからこの年まで見守ってくれている家族に、「ありがとう」

簡単そうで口に出すのは難しそうだが、伝えられる時にしか伝えられない言葉。

5万回口にしたら、ほんとに人生変えちゃう夏かもね? (C)西田ひかる (なんのこっちゃ)

などと期待もしつつ・・・。

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とりあえず、なんとか平穏無事に終えられそうな2017年に、ありがとう、だ。

そして、2018年も家族、友達、自分自身が健康に平穏で過ごしていけますように!




2017年12月24日

Call Me By Your Name (君の名前で僕を呼んで)

毎年のことだがこの時期になると、

聖子の「恋人がサンタクロース」、中山美穂の「遠い街のどこかで・・・」、辛島美登里の「サイレントイブ」などといった曲ばかりを聴いている、典型的なオカマの自分。

それに今年は明菜の「Merry Xmas」や安室奈美恵の「Christmas Wish」といった新譜を加えて、毎朝通勤の地下鉄で密かにひとりホリデー気分を盛り上げている。

そんな曲たちをしゃんしゃん言わせながら、

"日本に帰る前に家族へのお土産買わなきゃ。今回は何にしよ・・・"

などと頭を悩ませていると、

「39歳のクリスマス、おひとりさまだわ、あたい。どうしよう!」

東京に住む大学同期のオカマK子から切実なLINEが届いた。

"確か今年の夏頃は、20歳くらいの韓流アイドルのような若い子や、30代前半の実家通勤のおぼっちゃまとデートしてたわよね・・・"

などと、K子から毎日のように届いていた報告を思い出したが、どうやら彼らとはうまくいかなかったようだ。

あまりにも元気がないようなので、

「あんた見た目若いんだから大丈夫! まだ間に合う! パーティでもハッテン場でも繰り出して、あんた好みの年下オトコ見つけてくんのよ!」

と発破をかけたが、

「もうどこいっても、ブスとデブとババアしかいない!」

と拗ねるK子。

「ねぇ、あんたもあたしも、もう40。ババアなのはあたしたちだよ。」

と厳しく返したら、その後返事来なかったわ。

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年末スケジュールで仕事がばたばたしてる中、合間を縫って今日は久々に映画を観てきた。

「Call Me By Your Name」

この時期になると、オスカー候補と言われる映画たちがばたばたと公開されるが、この映画もそのひとつ。

夏のイタリアの田舎町を舞台に、17歳の少年とアメリカの大学から短期滞在でやってきた青年の、静かなほろ苦い青春の物語だった。

イタリアの風景も美しかったけど、それよりも若い彼らの裸にばかり目がいっちゃうのは、やっぱり自分もババアになったって証拠な訳で・・・。

美しいイタリアの景色がよい
(C) Sony Pictures Classics

プーランクの即興曲「エディットピアフと讃えて」を弾く彼もよい

オリバー青年役のアーミー・ハマー(左)の裸がよい!
(続編が楽しみ!)








2017年12月20日

今年の冬も僕には

「今年の年末どうするの? うちらは日本行くよ!」

去年の年末にエジプトを一緒に旅した、LAに住むゲイカップルの2人から、LINEメッセージが入った。

仕事やら何やらでバタバタしていて、年末の休暇の予定など計画もしていなかった自分だから、

「日本いいな~ 温泉とか入りたいよね~」

と曖昧に返事をした。

すると、同時に今度は近所に住む日本人アーティストのK哉から

「ねぇねぇ、年末年始どこいくの~? 僕は日本だよ~!」

と、またまた携帯にメッセージが入った。

同じく近所に住むゲイ友達のK冶も今年の年末は日本と言っていたし、エジプト旅行のもう片割れのK子も今年は海外旅行せずに東京に残ると言っていたし、今回の冬はどうやら日本で過ごす仲間が多いようなのだ。

そんな仲間達に触発されて、

"最後に親に顔見せたのも、おじいちゃんの法事があった去年の夏だから、もう1年半以上前・・・。

確かに、久々にクリスマスに日本に帰るのもいいかもしれないわね・・・"

などと独りごち、参考までにと日本航空のサイトで航空券の値段をチェックしてみると、

"サンフランシスコ12月発の便は、

どの日も2000ドル(20万円)超って?!"

いつも休暇で日本に帰るときは、仕事のスケジュールの関係で1月の半ばのホリデーシーズンも落ち着いた頃だったので、せいぜいこの半分の1000ドルとか1200ドルとかだったもんだから、その倍近くとなると、思わず考えちゃうしがないサラリーマンの自分よ。

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今年の夏くらいからか、数ヶ月に1度のペースで、サンフランシスコの金融街で働くサラリーマンゲイの方達と一緒に、「ダウンタウンの会」という名の飲み会に参加している自分である。

サンフランシスコのダウンタウンの飲み屋で、ソーセージや焼き鳥を頬張りながら、

仕事の話はもちろんのこと、日々の生活のこと、そして男のことと、話題は尽きないのだが、

そのうちの一人から、

「日本に帰る旅費? ここ数年間一切航空券やホテルにお金使ってないですよ?」

とびっくり発言が飛び出したわよ。

詳細を聞いてみると、どうやら各航空会社のマイレジやポイントをうまくやりくりしているようなのだ。

自分も若かった頃は、「スターアライアンスでマイレジ貯めて、プレミアムステータスめざすわ!」

などと、マイレジ集めに奔走していたが、

今では、日本に帰る時はJAL、仕事はユナイテッド(仕方なく...)と、アライアンスもばらばらでマイル集めなど、気にもしていなかったのだ。

でも、この時期日本帰るのに20万円かかるところ、マイルでただ行けたらいいわよねぇ、

と久々に自分の日本航空のマイル残高をネットで確認してみると、

ん?!

このマイル残高で、

日本、

帰れちゃう?

「はい。お客様のマイレージ残高ですと、サンフランシスコー羽田間の往復チケットがご購入頂けます」

と、アメリカじゃありえないくらい丁寧なJALのカスタマーサービスにも確認とれたわ。

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という訳で、

今年の年末年始は、久々の冬の日本に決定だ。


つづく!




2017年12月5日

色褪せたいつかのメリークリスマス

残業を終えて家に辿りついたら、着替えるのも面倒でそのままキッチンへ向かい、数日前の残り物の赤ワインをグラスに注いで、椅子に腰掛けた。

今年も気がつけば、あっという間に師走を迎え、窓の外のサンフランシスコの街も、あちこちにホリデー気分の電飾たちが輝いている。

ふと、もう大分前にこの街を去って日本に帰っていった、H男のことを思いだしていた。

格闘技をやって日々身体を鍛えていた彼は、見た目はガタイのよい厳つい男だが、実は内面はアニメとゲーム大好きの乙女(ゲイ)で、

当時はこのサンフランシスコで、毎日のように一緒にジムに行ったり、仕事の帰りに居酒屋で酒をくらいながら人生相談をしたりしていたのだ。

彼が日本に帰ってからも、毎日LINE等で連絡を取り合って、自分が日本に戻ったときには、京都に一緒に旅行したりした。

傍からみたら、「あんたたち、付き合ってんじゃないの?ほんとは?」などと、冗談で言われたものだが、

お互い恋愛感情は一切なく、とにかく何でも話せる(オタクな話も、マジメな話も)仲だったのだ。

だがある時、自分が彼に対して傷つくことを言ったのか、ひどい態度をとってしまったのか、

「もうあんた、連絡してこないで」

と、メッセージが入り、

今までの親友関係は一瞬にしてなくなってしまったのである。

それ以来、もう何年も連絡がとれないけれど、

この時期になると、彼が

「ねえ、クリスマスだから、ケンタッキー買ってドロレスパークで食べようよ」

と楽しそうに言っていた頃を思い出す。

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"大阪市長がサンフランシスコ市との姉妹都市解消を宣言"

と日本のニュースを目にした時、とても悲しくなった。

サンフランシスコのメディアではこの件は殆ど話題にもなっていないが、酒を飲みながら、いつものアメリカ人友達に真面目に感想を聞いてみると、

「日本が”姉妹都市関係解消だ!”なんて叫んでも、傍から見たら、自国のプライドばかりが浮き彫りになって、人権・女性軽視の国にしか見えないけどね」

「慰安婦像の設立って、別に今の日本を批判してるんじゃなくて、ナチスのホロコーストも又然り、当時そういうことがありました、それを忘れずにいましょうっていうためのものでしょ。大阪の行動は稚拙。」

と厳しい答えが返ってきた。

今の仕事に就く前に、サンフランシスコの日本街に近いところでアルバイトのようなことをしていたのだが、

60年以上も前から、長い時間をかけて、この街に住む、日本人を親に持つ日系人と、日本からこちらにやってきた日本人の人々の尽力で、サンフランシスコと大阪(アメリカと日本)の、お互いを尊重しあった文化交流関係が築かれてきたことを、日々ひしひしと感じていた。

友達関係も、姉妹都市関係も、一日二日で簡単にできるものではない。

長い時間をかけて、土台から一日一日積み上げられて作られる関係だ。

でも、それが崩れるのは一瞬なのだ。

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今年の我が社のホリデーパーティは、サンフランシスコ市庁舎で行われた。

ワインを片手に、若手も重鎮もスーツにドレスを纏って、今年一年を振り返る。

市庁舎の中央の階段上部には、サンフランシスコ市が設置した大きな真っ白な装飾のクリスマスツリーがあり、若手はカップルで写真を撮るのに列をなしている。

中年オカマのあたしも、よっこらしょと階段を登ってツリーに近づいてみる。

ツリーに飾られていた真っ白な装飾は、

近くでみると、

すべて日本の折り鶴だった・・・。













2017年11月27日

Finally, I can stop dreaming

ラスベガスからサンフランシスコへ戻る機内で、ネバダの砂漠帯を窓から見下ろしながら、この一週間を振り返っていた。

40歳の誕生日なので、という甘い理由で一週間程休みをもらったものの(有休貯まってんのよっ!)、結局クライアントからメールが矢継ぎ早に入り、なんだかんだでコンピュータに向かって家から仕事をしていたのだが。

それでもその合間に、紅葉の中をハイキングしたり、ナパのワイナリーを周ったり、ずっと行ってみたかった店で食事をしたり(これは当日も色々あったのだが、それについてはまたの機会に・・)、シンフォニーホールでピアノのコンサートを観たり、そしてラスベガスで週末を過ごしたり。

周りの友人達のお陰で本当に素晴らしい40代のスタートを切ることができたのである。

本当に有難いなぁ、とこの一週間に撮った携帯の写真を見返していたら、搭乗前に飲んだ酒が効いてきたのか、思わずほろり。

年々涙腺弱くなるわ!

30代は山あり谷ありだったが、40代もきっと山あり谷ありなんだろうなぁ、とぼんやり思いながらも、なんとかやっていけそうな気もしてきたわよ。

素敵な50代を目指す、中年乙女の愛と勇気のロマンの日々は続くのであった! (なんのこっちゃ)




誕生日当日は早起きして、
タマルパヤス山とミュアウッズ国定公園をハイキング。

ケンゾーエステートでワインテイスティング。
北カリフォルニアの山火事の難を逃れた葡萄畑。


担当してくれたお兄さんが丁寧に各ワインの説明をしてくれた。
「こうやってワインテイスティングしてワインを買ってくれるのが
山火事復興のサポートです」
とのことで、。

紅葉の美しいナパの街に滞在。 
40過ぎてもプールではしゃぐ中年オカマよ。


 ついに!
でも予約した時間にいったら、「予約が入ってない」と
冷たくあしらわれて、店でひと悶着ありました・・・

同業のM子ちゃんがせっかく誘ってくれた、
ダニールトリフォノフの「ショパンの夕べ」で
爆睡する中年オカマのあたし。

2017年11月13日

無限の中の一度

「みんなで、ラスベガス行こうよ!」

アメリカ人のゲイ友達のE子が、皆で酒場で一杯ひっかけているときに、突然思いついたように言い出した。

最後にラスベガスに行ったのはもう10年以上前で、それ以来行く機会も行きたい気持ちも特に無かったのだけど、確かに皆で行ったら楽しいかもしれない…。

などと思い耽っているうちに、勢いでどんどん話は進んで行き、気がつけばオカマ5人+女子1人の6人で、今ラスベガスに来ている。

「お互いやりたいことをそれぞれやる! 強制参加はなし!」

と事前に決めていたので、カジノに行ったり、バーで酒をひっかけたり、地元に住んでいる友達に会いにいったり、ホテル巡りをしながらいいオトコ探しをしたりと、それぞれやりたいことをしている。

全室スイートのホテルを2部屋横並びで借りて、部屋同士を行き来できるようにしているので、6人居てもお互いストレスを感じずにまったりと過ごせる。

自分はプールサイドで砂漠の太陽の光を浴びながら、酒を片手に読書をすることにした。

今回は仕事を忘れて読書に専念するわ!と決めていたので、出発前にamazonでいくつか本を物色してkindleにダウンロードしておいた訳。

そのうちの一冊は、小松左京の「アメリカの壁」という自分が生まれた1977年(40年前!)に発表された短編で、まるで今のトランプ政権を予言しているようだ、と話題になっているらしく、思わず購入。今、興味深く読んでいるところだ。

今回は「パラッツォ」というホテルに宿泊よ。
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それぞれ自由行動といえども、昼は皆でホテルの食べ放題&飲み放題のバフェに行き、夜はちょっとばかりおされをして、ベラッジオの噴水ショーの見えるイタリアンで食事をして、その後はサーカスショーの「O」を鑑賞したりと、ラスベガスらしいこともしている。

今までカジノといったら、せいぜいスロットマシーンでちびちび小銭を減らす程度の遊びしか知らなかったが、今回はテーブルに座って、ルーレットやブラックジャックにも挑戦したわ!

40になっても、初体験なことはまだまだある訳ね。

「オトナの修学旅行だね!」

日本の中学校・高校で英語を教えていたことがる、アメリカ人のN君がつぶやいた。

確かに、こうやって夜中の2時にコンビニで買ってきた酒やスナックをホテルの部屋に持ち込んで、皆でパジャマでUNOをやりながら過ごしていると、大昔の修学旅行を思い出したわよね。

シルクドソレイユのショーも初体験。
最後だけ撮影OKになるので、思わずはしゃいで携帯取り出した40歳オカマよ。

飲み放題ほど危険なものはないわ。
ダイエットは明日から!









2017年10月27日

飛光

30代が終わるまでにもう1回読んでおこうと思っていた、学生時代から何度も繰り返し読んだ沢木耕太郎氏の「深夜特急」。

今朝の出勤中の地下鉄に揺られながら、最後の6巻を読み終えた。

(なんとか40になる前に読み終えたわ!)

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若き日の沢木青年は、ロンドンを目指して、日本から香港に渡り、マレー半島・シンガポール、インドを経由して、シルクロードを通って、トルコ、ギリシャ、南ヨーロッパ、そしてフランスをひとり旅した。

旅を始めた頃の沢木青年は、香港の市場の活気やマカオのカジノに心を躍らせ、インドやタイでの混沌に魅せられる。

しかし、シルクロードを渡り、アフガニスタンからイランに入ったころから、その心境に変化を見せる。

今まで訪れた場所での出会い何度となく振り返るようになる。

そして、

"旅にとって大事なのは、名所でも旧跡でもなく、その土地で出会う人なのだ”

と気づく。

沢木青年は、イスタンブールでの滞在中に、「こんな物言いは以前だったら滑稽さしか感じなかっただろう」と前置きしながらも、

"旅は人生に似ているという気がしはじめている。たぶん、本当に旅は人生に似ているのだ”

と語る。

その逆もしかりで、人生は旅のようなものだと。

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自分も年をとるごとに、今までの日々を振り返り思い出すことが多くなった。

ー10代後半の学生生活と20代前半の社会人生活。私生活でも職場でも自分をどれだけ良く見せようと背伸びしていた頃。自分がゲイであることを認識し、ゲイの友達が出来たのもこの頃だった。

ー20代半ばで東京での仕事を逃げるようにして辞めて、この街に移り住み、将来への不安に駆られながらも、毎日のように飲みはしゃいで過ごした日々。

ー30代は資格の勉強や仕事の忙しさに追われながら、ひとりで居ることの寂しさを知り、そして家族や友達・同僚のありがたさを学んだ10年だった。

中年オカマが、40歳になる前に何を感傷的になってるんだか、などと自分を失笑しながらも、

まだ続く人生の旅を、穏やかに続けていければと願っている。







2017年10月22日

道程

「この週末って、30代最後の週末だね」

飲み屋で酒をひっかけていると、アメリカ人のN君がつぶやいた。

突然の指摘に、

「え、まだ来週もまだぎりぎり30代よ?」

と一瞬頭の中のカレンダーが混乱したが、よく考えると来週末はもう40になっているのだった。

40になるからといって、最後の週末だのなんなのと、そんなに30代にしがみつくつもりもないつもりだったのだが、

そういわれると、なんだか急に焦燥感に駆られる自分である。

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そんな"30代最後の週末”は、友達の結婚式に出席して過ごした。

先日のメキシコシティでのゲイの友達の結婚式に続き、今回はサンフランシスコでの別のゲイの友達の結婚式。(ほんと今年は結婚式多くて、ご祝儀貧乏だわ・・・)

ここのところ寒い日が続いていたのだが、今日は少し汗ばむほどの暖かく秋晴れの美しい結婚式日和だった。

今回の新郎と新郎はどちらもサンフランシスコのゲイの水泳チームに所属していて、そのチームの練習を通じて二人は出会ったという。

サンフランシスコ湾を臨む会場の中を見渡してみると、確かに出席者に体格のよいいいオトコ揃いなのは、みな水泳選手たちだからなのかしらん。

(式の最中も、思わずきょろきょろいいオトコチェックを止められない、中年オカマの悲しい性)

式の半ばには、日本の結婚式でもよくみられる、新郎達の子供の頃から現在までの写真、そして二人が出会ってからの写真のスライド上映があった。

自分がゲイかどうかも分からなかった少年期から、自分がゲイであることを悩んだ青年期、そして人生の伴侶を見つけた現在まで、スライドを通して、二人のこれまでの人生の道程を思うと、なんだか涙が出てきたわよ。

誰かがスピーチで言っていたが、今までのそれぞれの道程も二人が出会うためのものだったのだ。

そんなとても幸せそうな二人の笑顔を見ていると、自分までほっこり幸せな気持ちになってくる。

(じ、自分のこの人生の道程もいつかは二人のような幸せに繋がっていると信じていい!?)

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両新郎の人柄が反映されたほのぼのとあたたかい式のおかげで、なんだか"30代最後の週末"も気持ちよく過ごすことができたなあ。

デニー&マーク、おめでとう!
末永くお幸せに!







2017年10月21日

卒業

「誕生日に何かもらえるとしたら何が欲しい」

とか、

「宝くじ当たったら何買いたい」

と聞かれても、

「なーんもいらない。欲しいものないわ。」

などと、つまらない答えをしている自分。

20代や30代前半の頃は、どこそこのブランド物のバッグや財布、流行の服のためになけなしの金を費やしていたのだが、

ここ数年は、全くと言っていいほどそういったことに興味がなくなってしまったようなのだ。

東京で新人サラリーマンやってた20年くらい前は、週末ごとに"アローズ"やら"シップス"で、新しい服を買って、次の週にそれを着て出歩くのを楽しみにしていたのだけど。

今じゃ、服やかばん(やアンダーウェア・・・)も、"前着ていたものが古くなった”とか”穴があいた”とか言った時に、今まで持っていたものと同じようなものを、買い求めるくらいだ。

こんなんじゃ、オカマの風上にもおけないでねーの!

ものに対する欲って、年をとるごとに薄れるものなのかすら。

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そんな偉そうなことを言いながらも、仕事の昼休みや仕事帰りにたまにひとりふらりと立ち寄りたくなる店が、今もいくつかある。

ひとつは、サンフランシスコ発の陶器屋さんの「ヒースセラミックス(Heath Ceramics)」。

会社の近くのフェリービルディングにもお店があり、ランチを買いがてら顔を出してみる。

値段は安くないので、無暗やたらには手を出せないのだが、昨年その店で見つけたコーヒーカップは、地味な形と青の色合いに一目ぼれし購入した自分である。

家でお茶を飲むときも、(ハゲ薬を飲むときも・・・)、何にでも使っているお気に入りだ。

週末参加するゲイ友達の結婚式のギフトリストにも、この店の商品が指定されていたから、かわいいもの好きのオカマにも人気の店なのかもしれない。

もうひとつは、会社の裏の通りから少し行ったところにある、化粧品屋の「イソップ(Aesop)」。

乾燥がひどいカリフォルニアに住み始めてから、乾燥肌防止のために、ロクシタンやら何やら色々ボディクリームを試したのだが、イソップの香りが一番自然で男がつけてもくどくないのが良い!という勝手な結論となった訳(オカマのくせに よー言う)。

今はデオドラントやハンドクリーム、ホームスプレーも愛用している。

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30代の間に、"卒業"した物事がいくつかあるが、

この「流行のものを追いかける」ことも、この10年の間にいつの間にか卒業して、これから40代、50代に向けて、「自分の本当に好きなものをみつける」ことをはじめられたのだと思えば、年をとることも悪くない気がしている中年オカマである。




2017年10月20日

写真

「来週、プロフィール用の写真撮影あるから、必ず申し込んで参加してね」

と、職場のマーケティング担当からメールが入った。

クライアントに提出する提案書や、セミナーでの資料に載せる自分の写真は、もう長いこと古いもの(7、8年前に撮ったやつだわ)を使っていて、若手の同僚に言わせると、こういうのは"詐欺写真”と呼ばれるようなのだ・・・。

"確かに当時はもっと痩せてたし、顔もこんなにたるんでなかったけどさぁ!"

"メンズネットジャパンのフォトメじゃあるまいし(古いオカマ)、別にだましてるわけじゃねーし!”

などと内心思ったものの、

これを機会に(30代のうちに...汗)、一度プロにちゃんと撮ってもらうのもいいかもしれぬ、と撮影に申し込んだ。

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しかし撮影前日は、仕事の激務で数時間しか寝れず。

それでも少しでもたるんだ顔が解消されるようにと、朝っぱらから滅多にやらない顔面マッサージをしてから出社した、往生際の悪いオカマよ・・・。

指定された時間になり、撮影会場となっているオフィスの会議室の一室にスーツジャケットを羽織って向かうと、数人が列をなしていた。

自分の一つ前の若手の男の番になると、その彼はもっと明かりを明るくしろだの何だのと、カメラマンにやたらと長々注文をつけている。

"そんな注文つけて撮ってもらっても、大してかわんねーだろーよ”

"相手はプロなんだから任せておけばいいじゃないのよ”

"おめーは、オカマか!”

などと内心悪態をつきながら、そのやり取りを聞いていた。

さて、自分の番になると、そのカメラマンは、何も言わずとも、ささっとスーツの襟やネクタイを直してくれ、その後、カメラをカシャカシャと数回シャッターをならして、あっさり終了となった。

今撮られた写真は、その場でコンピュータのスクリーンに映し出され、4枚あるうちの1枚を自分で選べるという。

どれどれ、と微かな期待をしないながらも、いそいそとそのコンピュータのスクリーンを覗くと、

そこには---------------------------------

食レポを終えたばかりの------------

顔パンパンの---------------------------

彦麻呂氏が、、、、、、、、、、

4枚並んで微笑んでる?!?!

"って、どれを選べっていうのよぉぉぉぉ!”

”プロならもっと綺麗にとってよぉぉぉぉ!”

などとカメラマンを責めることもできず、

今後はこの彦麻呂写真が使われることとなったのである。

こんなんなら、先の若手の男みたいに、もっと注文つけて明かりで顔のむくみもクマも飛ばしてもらえばよかったよぉ・・・。

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家に帰り、平井堅氏の「写真」を聴きながら、メールで送られてきた完成版の写真を改めて開いてみた。

それにしても、ますます父親に似てきたよなぁと、この彦麻呂写真を見ながらしみじみ思う。

(顔だけじゃなくて、腹回りも似てきたけどね・・・)

そう思ったら、40オカマがぶーぶー言ってるのも往生際が悪い気がしてきて、ちょこっと明るさを調節してLinkedinのプロフィール写真に使ってみたら、そこまで悪くない気もしてきたわ。









2017年10月19日

秋桜

仕事場での繁忙期が終わる直前の夜遅くに仕事をしていると、日本人の同僚からメールが入った。

日本の家族に緊急の事態が起こり、急遽明日の便で日本へ帰るという。

その時は詳細も分からず、

「大丈夫? こちらで出来ることはするので、何でも言ってね」

と返事を送ったのだが。

数日後、その同僚のお母さんが亡くなったと知らせが入った。

前から長く病気をしていたとか、そういった話は聞いてなかったので、突然の知らせだった。

お母さんが逝かれる前に間に合って、話すこともでき、家族みんなでお見送りすることができたと聞いて、悲しい話だけれどもその一方で、"間に合って話せてよかったね”とほっとしたのだった。

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「あたしたちも、家族、友達、自分自身に、こういう話が増えてくる年代になったのよ」

元同僚の女子もその話をきいて、ぽつりとメッセージを送ってきた。

幸い、まだ自分の両親は元気にしてくれているが、この同僚のお母さんのように、いつ病気になって倒れるか分からない。

ましてや、これだけ離れた場所に暮らしているから、なかなか会えないし、もしなにかあったとき、別れ際に立ち会えるかも分からない。

「だから、会える時には会って、親孝行するの。"ありがとう”の気持ちつたえなきゃ。母さんに結婚がどうこうとか言われるのは面倒くさいんだけどね」

と、つい先週まで親孝行のために日本に帰っていた、K枝は言う。

一人っ子のK枝は、毎年帰る度に父母を温泉旅行に連れていってあげるという。

自分もこの冬に日本へ帰るときは、ちゃんと母ちゃんに”ありがとう”の気持ちを伝えなければ。

40年間、こうやってなんとか元気でやっていられるのも、母ちゃんが元気に産んでくれてここまで育ててくれたおかげだ。





2017年10月18日

太陽

仕事の繁忙期も落ち着き、今日は久々に空が明るいうちに会社を出ることが出来た。

家に着き、帰り道のスーパーマーケットで買った安ものの白ワインを開け、夕焼け色の空を眺めながら一息つく。



この1ヶ月は、肉体的にも精神的にもしんどかった。

仕事場でのミスやストレスな出来事が続いたり、寝不足で体力も落ち、気分的にもすっきりしないもやもやした日々だったのだ。

振り返ってみると、毎年この時期は、何となく心身ともに低空飛行になる気がする。

以前、大学の先輩でもあった友人が、

「毎年、誕生日前の数週間は、バイオリズムが下がるんだ」

と言っていたのを思い出す。

バイオリズムや運勢うんぬんはよくわからないが、確かに一定のタイミングを伴って、心身ともにダウンする時期が来る気がする。

この40年を振り返っても、年がら年中、毎日を肉体的にも精神的にも絶好調で過ごせる訳はなく、波があるということは分かっている。

いいことがある分、そうでないこともやってくる。

どちらも永遠に続くものではなく、波のように順繰りにやってくるのだ。

そう考えると、こんな心身ともに低空飛行の状態も今だけであって、またのぼり調子になれる気もしてくる。

その時が来るまで、今は槇原の『太陽』でも聞きながら(オカマ)、この雨雲が去って太陽がまた顔を出すまで、辛抱しろってことね!?

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ワイングラス片手に、ふと携帯のカレンダーをみる。

30代後半を、"健康優良男児"の40歳になるべく日々を過ごしてきたが、それもあと10日で終わりじゃないのよ!

10年前、サンフランシスコの道端でであった同じ大学の後輩でもある台湾人の若造君に、

「先輩、40才で亡くなります!」

などと、いわれたが、

そんな気配は一切なく、30代残りの10日を無事に過ごせる気がしている。

40代へのカウントダウン開始だわよ!

飲むわ!

(毎日更新できるかすら!?)





2017年10月15日

Bridge Over Troubled Water

朝の5時、いつものように尿意で目が覚めた(ジジイ)。

寝室からトイレへ向かうと、何だか煙臭い。

まさか!?とキッチンへ駆け込むと、火は上がっていない。

気のせいかしらん、と思いながらも、ふとベランダの外を見ると、サンフランシスコ湾の向こう側が全く見えない。

季節はずれの霧かしらねと独り言ちて、その時はベッドに戻ったのだが、

その頃、サンフランシスコの北にある、ワイナリーや美しい自然で知られるナパ、ソノマのエリアは山火事で大変なことになっていたとは、朝のニュースで知ったのである。

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この1週間は、昼間でも夕方のような空模様で薄暗く、外は煙臭くて、みな咳をしながら歩いていた。

冬の東京の通勤列車では、マスクをしている人を大勢みかけるが、サンフランシスコでこれだけの人がマスクをして通勤しているのをみるのは、今までではじめてだ。

前にK枝やY子と泊りがけで行ったサンタローザの静かなホテルも、仕事のクライアントの美しいワイナリーも、この山火事で無くなってしまった。

大勢の人が家を一瞬にして失い、避難生活を送っている。
行方不明者も大勢いるようだ。

職場では、この山火事の被害者への救援活動などにあてられるという寄付を募っていたので、少しでも被害者の役に立てればと、参加したわ。

仕事帰りにオカマの街カストロを歩いていると、お兄さんたちがこの週末に救援物資の寄付を募ってまとめて現地に送ると言っていたので、明日は缶詰やペットフードを買ってそこに持っていくつもりだ。

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ふと、窓の外をみると、怖いくらいの真っ赤な夕焼け空がサンフランシスコの街をつつんでいる。

煙の影響で空の色がいつもと違うみたいだ。

「サンフランシスコだって、いつ地震に見舞われるか、わからないよね」

と友人が言う。

この美しい街の風景も、災害でいつ失われてもおかしくないのだ。





2017年9月30日

Love is all

メキシコシティの古い街並みを、革靴で石畳を音を立てながら、スーツにネクタイを締めて歩く。

(数年前の映画であった、ジェームスボンドにでもなった気分よ!)

独立記念日の祭りの準備で騒がしい大通りを抜けて、細い路地に入り、招待状に書かれた住所にたどり着くと、スーツやドレスで着飾った人々が列をなしているのが見えた。

その列の最後尾に並び、新郎と新郎の準備ができるのを待つ。

空を見上げると、結婚式にふさわしい、優しい秋晴れの日だった。

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同性婚が認められるようになってからというもの、自分の周りもたくさんのカップルが結婚していった。

今そういった相手がいなくとも、あるいは相手はいるが結婚する予定は今のところなくとも、一生一緒に居たいと思える相手と、結婚したい時にできるという選択肢があるということは、心の大きな自由である。

結婚が認められていなかった頃、ビザの関係で国を跨いで離れ離れにならなければならないカップル達を大勢みてきたから、なおさらだ。

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そんなことを思いながら、二人揃って黒のタキシードで現れた友人の新郎と新郎を拍手で迎える。

新郎のH君は中東系アメリカ人で外交官として、メキシコシティに赴任してきた。そのお相手のM君は、アメリカでの仕事を辞めて一緒にやってきて、今は大使館の事務員として働いている。

「Are you an FSO too?」

披露宴の会場で同じテーブルについたアメリカ人の男に突然話かけられた(うほっ!いい男っ!)。

一瞬、質問の意味がわからず、FSOをSFO (サンフランシスコ国際空港)と思い込んだ自分は、

「Yes, I'm from San Francisco」

などと答えてみたが、あとから周りの話を聞いていると、FSOとは"Foreign Service Officer(外交官)の略で、どうやら自分はとんちんかんなことを言っていたようだ。

(それっきり、そのいい男からは話しかけられなかったわ?)

外交官の結婚式だけあって、出席者も、南アフリカ、エジプト、台湾、フランス、プエルトリコなどなど、世界各地から遥々このメキシコシティに集まって、この二人の新郎をお祝いしに来ている。

周りを見渡すと、ゲイもレズビアンもいっぱいいたが、それと同じくらいのストレートの人もカップルもいる。

H君のお母さんはスピーチで、

「ゲイだろうがストレートだろうが関係なく、こうやってHとMのために、世界中からここにこうやって集まってお祝いしてくれる人々がいて、親としてこんなに幸せなことはありません」

と声を詰まらせながら涙して語り、それを聞いた自分も、周りの人々も思わず涙。

スピーチのあとは、H君の国の結婚式の伝統というベリーダンスのショーがあったり、現地のメキシコ人の音楽隊の歌と演奏があったり、と夜中の2時過ぎまで宴は続いたのだった。

H君、M君おめでとう。
末永くお幸せに!












2017年9月28日

きっとこうして人は過ぎた季節に記憶を隠す いつか零れた涙集まって陽を浴びて輝くまで

「ちょっと40歳で引退なんて、早すぎるわよぉ!」

「もうだめ、あたし当分アムロスだわ・・・。」

「もうあたしも、来年の9月でオカマ引退する!」

「あんたは死ぬまで一生オカマだよ!」

などと、安室奈美恵さんの引退宣言のニュースに、仲間内ではちょっとした騒ぎとなった。

自分も、彼女と同い年ということもあってか、ちょっとセンチメンタルな気分になっている。

彼女のアルバム『Sweet 19 Blues』を聞くと、今でも自分が19歳だった頃の色々な出来事を思い出す。

それから、落ち葉散る冬空の代々木公園と渋谷の街を、黒いコートを纏って『Baby don't cry』と歌いながら颯爽と歩く彼女が好きだった。

新宿2丁目の小さなダンスイベントスペースで、"安室奈美恵ナイト"をやっていたら、本人がお忍びで来てくれて、街中大騒ぎになったニュースも懐かしい。

「25年も走り続けてきたんだもの。お疲れ様、だよねぇ。」

とオカマ仲間とは、気持ちを落ち着かせようとするも、当分は明菜や聖子やNANNOじゃなくて、奈美恵を聞いて通勤することになりそうだ。

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「今引退できるとしたら、引退したい?」

同業のM子ちゃんから、先のニュースを受けてか、仕事中にそんなメッセージが入った。

「今引退するほど、家計に余裕がございません!」

と返信するも、

ふと改めて考えてみる。

もし宝くじやら玉の輿やら(ないない)に当たって、今すぐ引退できるような経済状態にあったとしても、なんらかの形で社会と繋がっていたいと今は思う。

"今の仕事は辞めるとしても、ボランティアや非営利団体を通じて社会に貢献できたらいいなぁ"

"長年の夢だったフライトアテンダントもいいわね。知り合いも40過ぎてからなったって言ってたし?"

などとあちこちに思考が飛んでいく。

安室さんも子供の頃はフライトアテンダントになるのが夢だったとか!










2017年9月25日

Heaven is a Place on Earth

会社の同僚の知り合いが、先週胃がんで亡くなったという。

35歳のアメリカ人で日本を愛し、病気を発症するまでは日本に住んでいた。

闘病の痛みや辛さから解放された彼の遺灰は、彼の好きだった日本の富士山の近くに埋葬されるという。

そんな話を聞いた直後にFacebookを見ると、今度は、ワシントンDCに住む友達の水球仲間が、重い鬱病にかかり、同じく35歳という若さで自死してしまったと、投稿があった。

大学を主席で卒業し、大きな会社に入り努力が認められ、イタリアへの転勤。

アメリカに戻ってからも仕事でも水球チームでも、バリバリ活躍していたという。

そんな若くしてこの世を去った二人とその家族から、共通して残された人達に伝えられたメッセージは、

「短い人生、自分の好きなことを選んで生きる」

ということ。

ストレスだらけの生活の中でも、

「自分が好きだと思える時間や物事を大切にする」

ということ。

忙しい毎日に追われていると、自分が何が好きで何が大切なのかも御座なりになってしまいがちなんだけどね。

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先日のエミー賞で、『サン・ジュニペロ (San Junipero)』がテレビ映画作品賞と脚本賞を受賞したという。

この作品は、『ブラックミラー』という、日本でいうところの『世にも奇妙な物語』(懐かし...)的な、サイエンスフィクションのテレビシリーズのエピソードの1つで、自分も特に好きな物語だったので、うれしいニュースだった。

カリフォルニアの架空の街を舞台にLGBTを題材にした作品で、当時テレビで観たときは、"生きること、死ぬこと"について思わず考えさせられたわ。

作品の冒頭で、主人公が飲み屋の奥に置かれたアーケードゲームをしていると、見知らぬ青年が、

“The game has different endings, depending on if you’re in one or two player.”


と主人公に話かける。


物語を一番最後まで観たときに、その青年の台詞が心に響いて、思わず涙した中年オカマである。



海辺のシーンも多く美しいカリフォルニア!
と思いきや撮影は南アフリカのケープタウンらしいです。
(C) Netflix









2017年9月11日

どうしてもっと自分に素直に生きれないの そんな思い問いかけながら

先月、シャスタ山に行ってきた。

これまた今年40になったアメリカ人の友達の旦那が、皆でシャスタの湖で宿泊できるボートでも借りて、彼女の40歳を祝おう!と企画したのである。

シャスタ山は、サンフランシスコから北に向かって4~5時間車で行ったところにある、自然に囲まれた静かな場所だ。

ミネラルウォーターの「クリスタルガイザー」の産地でもあり、大昔に自分が初めて訪れた時には、「こ、これ! 空気や水が美味しいっていうのは、こういうことなのね!!」と驚いたくらいだ(大げさ)。



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真夏の日差しの中、ボートの上に寝そべり、レッドウッドの香りのする空気を吸い込む。

周りを見渡すと、目に入ってくるものは空と山々と湖と、それから時折遠くの木々の間から顔を見せる鹿たちだけだ。

同じくこの友人の誕生日を祝おうと、この舟に乗り込んだ若者達は、水上スキーやボディボードにも飽きて退屈な様子で、遠くで大音量で音楽をかけたり酒を飲んでふざけ合ったりと、所在無くしている。

自分が最後に来たのが10年以上前の20代の頃で、その時は自分もそういったアクティビティが主となる滞在だったが、今はこうやって寝そべって美味しい空気を吸いながら、ぼんやりと過ごすのが一番だわよ(ばばあ)。



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シャスタ山をネットで調べてみると、どうやら"パワースポット"としても有名な場所らしく、地底都市が眠っているだとか、UFOがよく見られるだとかいったぶっ飛んだ説もあるらしい。

「UFOが見られるなら、見てみたいもんだわ! 地球のオトコにも飽きたところだし! (C)ピンクレディ」

などと、よくオカマ仲間とは下らないことを言いあっているが、今まで何度か訪れたシャスタで、地底都市の入り口にも、UFOにも遭遇したことはない。

ただ、ここが"パワースポット"だからなのかは分からぬが、この美しい空気と水に囲まれて過ごしていると、何となく心も身体も元気になっていくのは分かる。

「人生に疲れた時や、迷った時は、シャスタに行くのがいいらしいよ!」

と、以前K枝が言っていたが、あながち嘘では無さそうだ。

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沢山の蚊たちに悩まされながらも、満天の星空の下で友達の40歳のお祝いをし、翌日は、もう一晩湖で過ごすという彼女達と別れ、サンフランシスコに戻る前に、小さな温泉に立ち寄った。

個室の古びたバスタブに、硫黄の匂いのするとろっとした熱い源泉を注ぎ、水で温度を調節してからゆっくり浸かると、強い日差しで疲れた身体(老体...)が癒されていく。

その後はサウナに入ったり、屋外にある小川の冷たい水に入ったりして、静かな自然の中でゆっくり過ごした訳。

「シャスタはね、山の神様に呼ばれた時にしか来ることができないのよ!」

と、これまたK枝が言っていたが、また心身が疲れた時に呼ばれたら、ゆっくり訪れに来たい場所である。



温泉の帰りにバーニーフォールという滝に立ち寄った。
マイナスイオン!
他にも映画「スタンド・バイ・ミー」に出てきた線路を歩いたりと、
色々なハイキングコースがあるシャスタ山だす。







2017年8月23日

深夜特急

この夏は、仕事の一プロジェクトが数ヶ月遅れたこともあって、休暇という休暇を取れずに終わろうとしている。

「趣味は旅行です!」とか胸を張って言っている割りに、結局大した旅行もできていない自分。

せいぜい、会社への行き帰りに、もう何度も繰り返し読んだ沢木耕太郎氏の「深夜特急」を久しぶりに読み返し、世界旅行を夢見ているくらいだ。

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クライアント先からの会社へ戻る帰り道、助手席に座りながら、車を運転する大ボスの話を聞いていた。

40代半ばの彼女は台湾出身で、当時は男社会の業界で、若くして会社代表のひとりとなったやり手である。

「30代の頃は『30代のうちにやりたいことリスト』っていうのがあったんだけどね。結局仕事やら何やらが忙しくて全然達成できなかったら、そのリストをそのまま『40代のうちにやりたいことリスト』に繰り上げちゃったわ!」

と笑って言う。

オーストラリアのグレートバリアリーフでダイビングをするのが、目下の目標という彼女は、毎日夜中まで働いているというのに、疲れを感じさせない。

さて自分の『30代にやりたいことリスト』は何だったっけ?と振り返って見ると、結局その殆どを達成できずにいることに気づく。

- 古代ギリシャの遺跡を巡り、サントリーニ島の海辺で過ごす (乙女!)

- ショパンの「革命」を最後まで弾けるようになる ( 小泉今日子の"少女に何が起こったか"よ!)

- スカイダイビングで空から地上へ飛び降りる (いい男のインストラクターのお兄さんと!)

- 松田聖子と中森明菜のディナーショーに行く (今年の年末も明菜のディナーショーあるらしい。行きたい!)

- 死ぬまで一緒に居れるような人と結婚 (わー!?)

などなど・・・。

彼女の言うとおり、30代にできなかったことは、そのまま『40代のうちにやりたいことリスト』に繰り上げてしまおう。

40代を過ごして、「やりたいこと」や「できること」が変わったならば、リストを更新すればいいのだ。

そう思ったら、40代も50代も何だか楽しみになってきたわ。

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10代、20代はじめの、学生の頃に読んだ沢木耕太郎氏の「深夜特急」は、若くして世界中を旅する沢木青年の行く先々の経験を、自分で経験するかのように読んでいた。

今、40歳を目前にして改めて読んでいると、沢木青年の行く先々の経験よりも、沢木青年が旅先で感じたことや、"人生とは"と悩み考えていくことに、より興味を持って読んでいる自分に気づく。

10年後にまた読み返したら、また違った視点が見えてくるのかしらね。






2017年8月1日

Gattaca (ガタカ)

以前から「遺伝子検査」に興味を持っていた。

カリフォルニアにある「23andMe」という会社が、10年くらい前から遺伝子分析のサービスを行っていて、先に受けた友人らがその結果をフェイスブック等に載せていてたのを、よく見ていたのだ。

「もうすぐ40だし、自分の祖先や健康を知るのも大事よねぇ」

と、最近なにかにつけて、"もうすぐ大台だから"というのを理由にしている自分だが、今回もそんな勢いで、申し込んでみた。

オンラインで申し込んでから数日で、検査キットが送られてきて、自分の唾を小さな筒に入れて返送すると、数週間後に分析結果がネット上で見られるという仕組みだ。

この小さな筒に唾をためるという作業が簡単なようで難しい!

噂の遺伝子テスト申し込んでみたわ!と友達に言うと、

「あんたは日本人だけじゃなくて、タイ人とかベトナム人の血が入ってるんじゃない?」

とか

「顔濃いから、中東系が混ざってても驚かねえわ」

などと答えが返ってきた。

確かに父が奄美出身で、夏には暑苦しくて嫌がられる感じの濃い顔で、平井堅氏や中孝介君にも勝手に親近感を覚えていた自分である。

実際、以前何度かタイへ旅行をした際は現地の人にタイ人に間違えられてタイ語で話しかけられることもしょっちゅうだったし、この1月にエジプトに行ったときは現地の中東系の人々にやたらもてたのだった。

"もし、自分の祖先が東南アジアの島国や中東の血なんぞと繋がってたら、ロマンだわん・・・?"

などと夢見て結果を待つこと1ヶ月。

仕事帰りにメールをチェックしていると、分析が終わったことを知らせるメールが届いていた。

急いで分析レポートにアクセスしてみるとー


東南アジアも中東も0%じゃんよ・・・!

日本大陸の歴史を考えても、東アジアの韓国や中国が入っているのは想定内で、先に遺伝子検査を受けていたM男や他の日本人友達と結果に殆ど大差がなかった。

南アジアのインドがほんのちょこっと入っているのが、他の日本人の友人達と違う程度か。

「でもさ、こうやって結果みると、自分はなに人だから違うとか、どうでもいい話だよね」

とM男が言う。

確かに自分の友人の中に、"あたしは日本人だから"と、それを誇りにするあまりか、他のアジアの国の人と間違えられたことに過剰に反応して怒ったり、他のアジアの国の人と優劣をつけたがる輩がいる。

自分が日本に住んでいた若かった頃は、「今年の夏はアジアの国旅行したいわ!」とか「やだ~このアジア雑貨かわいい~」と、何も考えずに発言していたが、そこでいう"アジア"には日本を含んでおらず、日本がアジアのひとつの国に過ぎないという意識が全くなかったのだ。

40年近く生きてきて、仕事でも私生活でも色々な国の人と会い、改めて日本独自の文化のよさを知る一方で、日本もアジアの一国でありその他の国々の人々となんら変わりないのだと知ることができた。

って、まさかこんな遺伝子検査で、そんなことをふとまた再認識できたわけなのよね。

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さて、この遺伝子検査は、祖先のルーツの検査だけでなく、健康と遺伝子疾患に関する分析もついてくる(こっちのほうがメインなのかもしれぬが)。

昔から家族そろってものや名前を忘れやすく、お互い「ボケ!」などと冗談で呼び合いながらも本気で心配していたくらいなのだが、「アルツハイマー」や「パーキンソン」の項目は異常なし、その他の遺伝子変異体も見つからず、とりあえず安心した次第だ。

もちろん遺伝子分析で問題がみつからなかったから、病気にならないというわけではないのだけどね。

その他にも、
- 甘いものが好きかしょっぱいものが好きか 
- アルコールを摂ったら顔が赤くなるかならないか
- 寝相の良し悪し
- 乳製品に耐久があるか
- 薄毛・ハゲになる可能性 (!)

などの興味深いものから、

- スポーツ選手の多くがもつ特別な遺伝子をもっているか (もちろん無し!)
- あごが割れている確率 (知るか!)
- アスパラガスを食べた後に尿が臭いと感じる確率 (どうでもいい!)

などの、本当にどうでもよいものまで。

色々と楽しめる遺伝子テストだったのだ。

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ちょうど20年前に封切した、イーサンホーク主演の「Gattaca (ガタカ)」という映画があった。

受精後の遺伝子を検査し、子供が生まれてくる前に病気になる確率や、知能・運動能力を計り、遺伝子の中から生まれてくることを選ばれた「適正者」が多く存在する近未来に、そうでない「不適正者」の男を描いた、美しく切ないサイエンスフィクションだ。

今でも自分の一番好きな映画の一つである。

映画の舞台となる宇宙局「ガタカ」の建物内部は、
サンフランシスコの北にあるマリン群の市役所で撮影されたらしいです。
(設計はフランク・ロイド・ライト!)

それにしても、

イーサンホークもジュードロウもいい男・・・。












2017年7月28日

大空で抱きしめて

LAに住むA子から、仕事中にニュースが転送されて来た。

なにかしらん、と仕事がひと段落した頃に読んでみると・・・

思わず、「うそでしょ!?」と声に出してしまい、周りの若手スタッフから変な目で見られた自分である。

"こりゃ、みんなの意見を聞かなきゃだわ!?" と即座に他のオカマ仲間にこのニュース記事を転送すると、もうみんな大騒ぎ。

その記事というのが、これだ。


ただのきれいなカラダのいいオトコ、という話ではなく、

この彼、50歳だっていうじゃないの!!!



記事を読んでいくと、シンガポールに住むカメラマンと書いてある。

「ねぇ、ほんとに50歳なの?」
「ずるい! 顔にしわもたるみもないし、髪も黒々ふさふさだし!」
「こんなカラダになりたい! 今日はジム行ってくる」
「彼、絶対ゲイよ! 彼みたいな年上のオトコが欲しいっ!」

と、もうみんな仕事そっちのけでLINEメッセージが矢継ぎ早に飛び交っている。

「んで、どうやったら、こんな50歳になれるの?」

と皆の共通の謎を解明すべくネット記事をたどっていくと、

"ストレスのない生活を送ること”

と彼のアドバイスらしき記事に辿り着いた・・・。

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20代、30代前半は、仕事の日々のストレスにやられて、胃痛と背痛に悩まされていた自分。

毎週末、日曜が終わりに近づく頃には憂鬱になり、食欲も無くなる程だった。

だが、30代半ばに入ってからは、そのストレスを日々どうやって自分でコントロールして解消するか、ということを考えるようになってきている。

朝出勤前にへたっぴピアノを弾いて気持ちを落ち着かせたり、

通勤中も仕事に関係のない好きな本を読んで過ごしたり、

平日半ばには仕事帰りに楽しみになるような予定を入れたり(なかなか時間ないけど)、

シャワーを浴びながらストレスになる仕事や人間関係のストレスなところを思い返してシミュレーションしたり、

寝る前にエッセンシャルオイルの香りに癒されたり、

週末には仕事を一切忘れてメールをチェックしないで、外に出て大空の下、太陽の光を浴びるように心がけたり。

あるいは、ストレスの元となる仕事で断れるものは断ったり、ストレスと感じる人間関係から、距離を置いたり。

この年になると、仕事も人間関係もストレスをゼロにするのは難しいと、経験で分かっている。

だから、ストレスが大きくなりすぎる前に、自分でそれをコントロールして小さくしていく方法を日々模索しているのである。

とはいえ、

「ねぇ、あんたいつも仕事中に『あー!もうストレス!!!』とかいって、ポテトチップスとかドリトスとか、社内の自動販売機で買って食ってるるわよねえ?」

と、同僚女子に指摘され、

"こんなんじゃ、シンガポールの彼みたいなきれいなカラダの50歳になるの、絶対無理じゃんよ!"

と早くも匙を投げた自分である・・・。















2017年7月26日

フレンチランドリー (2)

フレンチランドリーに行ったことのある友人達の話を思い出していた。

「思いきりお腹空かせて行ったのに、コースが多すぎてデザートまで胃が持たなかった」

「隣のテーブルの向かいに座る派手な女性がどこかで見たことあるとおもったら、レディガガだった」

「予約のキャンセル待ちをいれたが、どうせダメだろうとナパのワイナリーで飲んだくれてたら、突然3時間後の予約が取れたと連絡が入り、ドレスコードのジャケットを持ち合わせてなくて、ナパのダウンタウンで急いで新調してから行った」

などなど・・・。

庶民のオカマには想像のつかない世界だわ。

さて、仕事そっちのけで、何とか自分の誕生日に予約はできないものかと、予約方法を探していたのだが、どうやら奇数月の1日の朝10時に、2ヵ月後から3ヵ月後までの予約をレストランのホームページで受け付ける、というシステムがあるらしい。

つまり9月分と10月分の予約は7月1日が決戦日だ。

他にもネット上には、"レストランの近所にあるというホテルに泊まれば、そこのコンシェルジュが予約を取ってくれる"だとか、"1週間前から毎日レストランに電話して直前のキャンセルで出来た空きを狙う"だとか、色々な予約取得策が書かれていたのだが、

どうやら、自分でレストランのウェブサイトでとるというのが一番確実なようだ。

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7月1日。決戦の土曜日。

午前5時30分ー

早々目が覚めた(ジジイか)。

「まぁ、予約が取れなかったら取れなかったで、ご縁が無かったってことよね」と自分に言い聞かせながらも、

「でも、朝の10時とか言いながら、フライングでほんとはすでに予約はじまってんじゃないのぉ?」と、早朝からベッドの中でレストランのウェブサイトをチェックしては再読み込みを繰り返したりとジタバタする。

午前7時ー

アメリカ人のN君には、

「もしかしたら東海岸時間の10時かもしれないから、7時には一度チェックしたほうがいいんじゃない?」

と言われ、7時きっかりにも予約ページにアクセスしたが、まだ予約は開始しておらずジタバタする。

午前8時ー

こんなことで、せっかくの天気の良い週末の朝を過ごすのはもったいないわ!と、ジムで軽く筋トレをしに行くも、なんとなく落ち着かずジタバタする。

(周りのオトコ達にも、今ばかりは目がいかないわよね。)

午前9時50分ー

携帯にレストランの予約の日時の設定画面を表示させ、10時直前に再読み込みをする準備をする。

なんだか緊張してきたわよ。

午前9時58分!ー

N君から突然テキストメッセージがはいる。

「ちょ、ちょっとあと2分で決戦タイムなのに、なんなのよっっ!」

とメッセージを急いで確認すると、

「誕生日に予約取れたよ~!」

と一言。

「え!? って、まだ10時前じゃないのよっ???」

「ってか、それ、ジャパニーズランドリーとかチャイニーズランドリーの間違いじゃないの???」

どうやら、レストラン側のフライングがあって、N君が無事に10時前に予約をしてくれたのだった。

朝っぱらから、とんでもない、大騒ぎだわ。

というわけで、今年の誕生日は、ヘソクリはたいて「フレンチランドリー」行ってくるだよ!

(誕生日なんてどうでもいい、とか言ってたあたいは、ほんと一体どこいったんだ!?)





続く! (3ヵ月後!)




















2017年7月23日

フレンチランドリー (1)

「40歳の誕生日、どうすんの」

とここ何ヶ月か友達に聞かれる度に、

「別に何もしないわよ。39も40も一緒だし。何かすごいことを成し遂げたわけでもないし。」

などと答えていたのだが、

7月に入り、あと3ヶ月ちょっとで40になるとふと気づき、急に背筋を伸ばして今一度考えてみる自分である。

先に大台に突入した友人達の誕生日の迎え方を思い出してみると、

ハーフムーンベイの海辺の家を借り切ってワンコと静かに過ごしたり、

ボデガベイの太陽の下アウトドアで大勢の友人と牡蠣を食べながら大騒ぎして過ごしたり、

サンフランシスコ市内の人気の美味しいイタリアンの店でワインを傾けながら親しい人たちと語りあって過ごしたりと、

40歳の誕生日の過ごし方も様々だ。

さて、自分はどう過ごそうかしらん?

自分のために大勢の人を呼んでお祝いしてもらいたいなどという気は更々ないし、ハワイやメキシコのビーチで静かに過ごすのもいいが仕事のスケジュールもあるから厳しそうだ。

でも、何もしないというのも、ちと寂しい。

同じくこの10月に40を迎える元同僚女子に相談すると、

「ねえあんた、誕生日なんてどうでもいいとかいってなかった? もうあんた、ほんとぶれっぶれ!」

と手厳しい(が正しい)指摘を受けつつも、

「あんた酒好きだし、ナパやソノマでワイン飲みながらゆっくり過ごせばいいんじゃないの?」

と提案あり。

確かに紅葉色付くナパのワインカントリーで静かに過ごすのも素敵かも、と突然夢見はじめる乙女(中年オカマ)の自分よ。

そして、

"そしたらあの店でディナーとかできたら素敵よねぇ..."

と中年オカマの誕生日妄想は、全米一予約が取れないと言われている(らしい)ナパにあるレストラン「フレンチランドリー」まで膨らむわけで…。

20代の若かった頃こそ、東京やサンフランシスコの流行りの洒落たレストランを週末毎に食べ歩いていたが、今じゃそういった興味もなくなり、家で質素に食べるか、せいぜい近所の店で済ませることが多い。

とは言え、せっかくカリフォルニアに住んでいるのだし、死ぬ前に一度はこの「フレンチランドリー」で食事してみたいわぁと長年夢見ていた。

"それが秋の深まる40歳の誕生日だったら素敵よねぇ"

と中年オカマの夢見る誕生日計画は先走る一方。

だが、全米一予約が取れないと言われるだけあり、予約サイトをいつチェックしても「Sold Out」。

行けないとなると、ますます行きたくなるオカマの悪い癖。

あーん、悔しい!!と仕事もそっちのけで、なんとか予約をとる方法はないかと、ネットの情報を漁る自分であった。

(誕生日なんてどうでもいい、とか言ってたあたしはどこいった?)

続く!


2017年7月17日

あの夏を忘れない

日曜の朝、蒸し暑さで目が覚めた。

「なんなのこの暑さは? サンフランシスコの夏って『アメリカで最も寒い夏』ってヘミングウェイか誰かが言ってたんじゃなかったけ?」

と、あまりの暑さにひとりイライラする、更年期目前の中年オカマのあたしよ。

「そうだ! こんなに暑い日こそ、おそうめん食べなきゃだわ」

と、大分前に日系スーパーのニジヤで買っておいたものの、普段の寒さになかなか食べる機会のなかった、「揖保乃糸」のそうめんを引っ張り出す。

実家に住んでいた小中学生の頃や東京で一人暮らしをしていた時も、夏の週末の昼飯は大抵「揖保乃糸」のそうめんだった。

汗をかきながらキッチンに立ち、さてお湯も沸いたしと、この「揖保乃糸」のパッケージの裏側をふと見ると、賞味期限が半年以上前に切れているじゃないの・・・。

「...。   見なかったことにしましょ。死にゃしねーし。」

と、一瞬手が止まったが、気にせず食べることにする。

日本に居たころは、賞味期限が1日切れてるだけで、「あーん!もったいない!」などと言いながら手付かずのものを捨てたりしてたのだが、アメリカに十何年も住んでいると、神経も身体も鍛えられたのか、一年以上経ったものでも気にしない。

そりゃ、久々に会う日本の友達に、

「あんた、昔に比べてだいぶ大雑把になったわよね?」

などと悪態を叩かれる訳だわ。

当時、母が茹でてくれたそうめんは、いつも野菜や海老の天ぷらが一緒で、
暑い日には麺の上に氷を乗せていた。
会社の日本人上司は、揖保乃糸の中でも「黒帯」しか食べないという。食べてみたい!

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とは言え、アメリカに十何年住んでいても、変わらずに今でも慣れずにいるのが英語、特に英語でのパブリックスピーキングである。

「それだけアメリカに住んでたら、英語も現地の人みたいにぺらぺらなんでしょ?」

と、たまに日本であう友達や親戚に聞かれたりするが、実際のところはレストランやバーでものを頼むときに自分の英語が通じないときもあれば、映画やテレビも字幕をつけて観たりすることが多い。

先月の半ばには会社でトレーニングがあり、アメリカ各地にあるオフィスからテキサスに集まって一週間みなでホテルに缶詰になり、ネゴシエーションやプレゼンテーションなどのソフトスキルを学んだのだが、これが本当に地獄だったわよ。

「こんなの日本語だったら余裕なのにねぇ」

などと他のオフィスから来ていた日本人とぼやきあったけど、それでなくても内向的な性格の自分には、一対一ならともかく、人前で英語で話すなどと考えただけでホテルの朝飯が喉を通らない程、胃が痛くなるわけで。

海外に住んでいるブロガーの人たちが、同じように苦労されているのを読んだりすると、「あーん! 分かるわ~~!」と強い共感を覚える自分である。











2017年6月25日

堕ちた饗宴

街中が虹色に染まっていた、6月のPride Monthもそろそろ終わりを迎えようとしている。

その最後の週末の土曜日は、「ピンク・サタデー (Pink Saturday)」と呼ばれていて、毎年この日は朝からツインピークスの丘には大きなピンク色の三角形が張られ、カストロの街はピンク色の服を着た人たちで一杯になる。

このピンク色の三角形は、ナチス・ドイツのホロコーストで強制収容された人々のうち、ゲイであることを識別するために胸に装着が義務付けられていたものだ。

大昔に大学の授業か何かで観た映画「ベント」も、まさにこのピンクトライアングルの話だったよなぁ、とふと思い出した(冒頭の、ミックジャガーの女装シーンで度肝抜かれたわよ!)

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そんなよく晴れた土曜日。

「せっかくのピンク・サタデーだし、たまには我が家に人を招いて、虹色の街を眺めながら、皆でお酒での飲みましょうかしらん」

と突然思い立ち、滅多に人を呼ばない我が家で小さなパーティとなった。

いつものオカマ仲間や、今年の秋に結婚するアメリカ人のゲイカップル、同業のM子ちゃんと彼女のボーイフレンド、N君とその水球チームのチームメイト等など、小さな集まりだが色々な友達が集まって、スパークリングワインやピンクのカクテルで乾杯だ!

ドレスコードはもちろんピンクよ!

空が暗くなると、我が家のベランダから遠くに見えるサンフランシスコの市庁舎も、虹色にライトアップされる。

そんな虹色の夜景を見ながら、

こうやって我々がゲイとして平穏に生活できていることも、権利のために戦った人々と、迫害され大変な目にあってきた人々の歴史の上に成り立っていることを、忘れちゃいけないのよね、

と、再認識したのだった。


虹色に輝くサンフランシスコ市庁舎よ








2017年6月24日

五つの文字

朝、仕事場でパソコンを開くと、健康診断の結果がメールで届いていた。

「つ、ついに来たわ・・・。どうしよ、結果開くの怖い・・・。」
「つ、ついに来たのね・・・。って、とっとと開きなさいよっ!」

診断結果のレポートを開く前に、思わず健康オタクの元同僚女子に携帯でメッセージを送る弱い自分よ。

ここ数年、血液検査の数値も悪化傾向だったし、再検査とか出たらどうしよ、などと心配しつつ、恐る恐るレポート結果をクリックした・・・。




"お!?"

"中性脂肪は未だ基準値外だが、数値は去年から大幅に下がっている?"

"総コレステロール値も悪玉コレステロール値も、去年から下がって基準値内に収まってるじゃないの?"

その他の項目にも目を通すと、どの数値も正常値内で、血圧も昨年から下がっている。心臓も肺も異常なしだ。

結果に少し安心し、

「きゃ! フィッシュオイルのお陰? ニンニクパワーかしら?」

と例の同僚に結果報告すると、

「ねぇ、あんた。今回の結果が前回より良かったからって、喜んでんじゃないわよ。中性脂肪はまだ基準値外だし、血圧だってあんたの数値じゃまだ高血圧に分類されんだから。日々の健康管理しっかりして!」

と、手厳しい返事が返ってきたわ。


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アナウンサーの小林麻央さんが亡くなったと、昨日のニュースで知った。

彼女のブログを時々拝見して、彼女が元気な日もそうでない日も、彼女の言葉から元気をもらっていた自分である。

自分の足で外を歩いて太陽の光を浴びることができる、ということ。

食べたい時に食べたいものを食べられる、ということ。

家族や友達、愛している人たちと一緒にいられる、ということ。

我々が普段の生活で、当たり前と思っていることが、当たり前に出来ることのありがたさを、彼女から教えてもらった。

「「あたりまえ」じゃなくて「ありがとう」って、昔槇原敬之も歌ってたね」

「ほんと、今こうやって、元気に生活できているってことに感謝しなきゃいけないわよね」

と、いつもなら、「オトコが欲しい!」とか「幸せになりたい!」とか、朝から煩いメッセージを送ってくるY子も自分も、今日は彼女から何かを学んだのだ。














2017年6月21日

I still remember

よく晴れた6月の日曜日。

3年前に亡くなった、わんこの命日。

朝起きて、わんこの写真の入った写真たて達をタオルで拭いて、

水と、わんこが好きだった枝豆と、ベランダの小さな花を切って、

写真の前に供えた。

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わんこを失った時は、

元気だった時によく一緒に歩いた散歩道を歩くのが辛くて、

その道を避けて通ったり、

わんこのいないここでの生活なんて、と

アメリカでの生活を引き上げて日本へ帰ることも考えたりした。

だけど、「時間薬」とは言ったもので、

1ヶ月、半年、1年、と時間が経つにつれて、

絶対に癒えることは無いだろうと思っていた、

あんなに悲しみのどん底にいたはずの自分の心は、

少しずつ落ち着いて来て、

彼女が亡くなって3年経った今は、

穏やかに、楽しかった思い出だけが残っている。

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わんこが亡くなった時に、

今まで撮っていたわんこの写真を纏めて、

小さなアルバムを作った。

今日は朝からそれを1頁ずつながめながら、

元気だった頃に一緒にいったシャスタ山でのキャンプのことや、

仕事のストレス一杯で帰ってきた夜に一緒に静かなピアノの曲を聞いて眠ったことや、

後年の辛かった病気と介護の日々のことなどを思い出したり、

サンフランシスコの動物シェルターに募金をしたりしている。

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「もう犬は飼わないの?」

と問われる度に、

あの時の彼女との辛い日々を思うと、

「もう犬はいいかな~」

といつも答えている。

でもその一方で、あのわんことの楽しかった日々を

いつかまた過ごせる日が来れば・・・

と心のどこかで思っている。





















2017年6月18日

この大空の虹になりたい 希望に届く虹になりたい

街のあちこちが虹色に染まっている。

6月にはいると、金融街からゲイの街カストロまでまっすぐに伸びる大通りのマーケットストリートには、レインボーフラッグが並び、街のお店やレストランにも、あちこちで虹色のディスプレイが見られるようになる。



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20年近く前、大学の先輩でもある彼と話すようになったきっかけは、当時通っていた東京渋谷のジムだった。

おしゃれで短髪の爽やかな外見で、外資系の航空会社に勤めているというその彼は、話すようになったその日に、彼がゲイでしかもHIVであることを打ち明けてくれた。

人生ではじめてで逢ったHIVポジティブの彼に、当時はどう接すればよいか分からなかったが、平日は仕事をバリバリとこなし、週末はドイツ製の車に乗ってジムや英会話と、活発に健康的に過ごす彼の話を聞いているうちに、当時若かった自分が持っていた偏見や構えはすぐに消え、それよりも社会人としての、憧れの人生の"先輩"として彼をみるようになっていた。

自分が東京での仕事を辞め、アメリカに行くと決めたときも、手放しで喜んでくれたのが彼だった。

それから数年後。

彼が亡くなったと、彼のお母さんからの手紙で知った。

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この街に来てからは、HIVポジティブの人と会う機会は多くあるが、皆ちゃんと薬を飲んでいる限り、HIVネガティブの人と同様に健康に生活している。

この頃はPrEp(プレップ)などの予防薬もあるし、最近の調査だとポジティブの人もネガティブの人も平均寿命は殆ど変わらない程になっているらしい。

毎年6月になると、このゲイプライドの時期に合わせて、「エイズ・ライフサイクル」というイベントが行われる。

参加者が自転車でサンフランシスコからロサンゼルスまで1週間かけて向かうというもので、参加者は募金をつのり、集まったお金はHIV/AIDSの治療や研究・予防の活動等に使われる。

今年は2500人近くの人が参加し、約15億円もの募金があったという。

自分は1週間自転車でLAまで旅する体力も勇気もないけれど、友人や会社の参加者達に、毎年そんなに多くはないけれど募金をして、少しでもこのイベントの目的の役に立ちたいと思っている。

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彼が亡くなって数年後、一通の絵葉書が自分の元に届いた。

差出人の名前は、彼の名前。

「大分前に亡くなった彼から今頃手紙が来るはずない!」と消印を見ると、彼が無くなる大分前の日付の消印と近日の消印が二つ押されている。

彼が出張先のデンバーから出したはずの絵葉書が数年間どこかに紛れたまま届かずにいたのだろうか。

絵葉書には彼の近況と、デンバーでの仕事のこと、そして最後にこう書いてあった。

"アメリカでも逞しく活躍していることと思います。

どうか健康には気をつけて。

これからも頑張って下さい。"



毎年この時期、街が虹色に染まりはじめると、ふと彼のことを思い出す。

"アメリカでの生活も色々辛いこともありますが、

なんとか元気にやっています。

Kさんもどうかお元気で!"
























2017年6月8日

僕たちは戦わない 明日を信じてる

「どうしよう。あと1週間で会社の健康診断だわ!」
「やばいじゃん・・・この調子じゃあんた、去年より悪化してんじゃない?」

と、朝からいつもの健康オタクの元同僚と、来週の健康診断に向けて作戦会議だ。

去年の今頃受けた健康診断では、高血圧、中性脂肪、コレステロールの項目で基準値以上の数字が出て、医者からはあっさり「中年体」の烙印を押され、「この調子じゃ長生き出来ないわよ」とまで言われた自分である。

それからの1年は、自宅用の血圧計を買って日々計ったり、醤油を使わないようにしたり、フィッシュオイルのサプリを飲んだり、ご飯の量を減らしたりしていたのだが、

一方で、酒の量は増え、ジムに行く回数は減り、仕事中に「あーん、ストレス!」と理由をつけてオフィスの自動販売機でスナックを買って食ったりと、「健康な生活を送ってます」とは決して言えない状況だった。

健康診断数日前には、「Health History」の質問紙に答えるように、と医者からメールが送られてきた。

- 1週間の平均的な運動量 (週に3回ジム行けばいいほうだわ・・)
- 現在摂っている薬・サプリメント (ハゲ薬とフィッシュオイルとビタミンB群?)
- タバコ・酒の摂取量 (タバコはすわないけど、酒は毎日グラス3杯くらいは飲むわよ)
- 家族の健康状態  (父も高血圧で薬飲んでるわね・・)

などの質問に加えて、

- 過去1年間の性的交渉をした人の人数
- 相手の性別
- アナルセックスの有無
- ドラッグを使用したか否か

等など、どこまで本当に書いていいのやら、中年オカマが躊躇ってしまう質問達である。

小学校の頃の健康診断と言えば、どれだけ自分が成長したか、むしろ楽しみにしていたものだったが、この歳になっての健康診断とその結果レポートは、見るのも恐ろしいものである。

「とにかく、ニンニクを毎日食べて! それから、来週の健康診断までは魚料理中心の食生活よ!」

と元同僚には言われ、"健康診断の直前だけ健康な生活送っても本末転倒だわ"、と分かっていながらそれに従う自分・・・。


さて、30代最後の健康診断、結果はどう出るのか・・・。



続く!





2017年6月5日

晴れたらいいね

サンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを超えて、亡くなった俳優ロビンウィリアムズ氏の名をとった虹色のトンネルを抜けて、さらに北に1時間ちょっと車で行ったところに、ガーンビル (Guerneville)という小さな街がある。

ロシアンリバーという緩やかに流れる川のそばにあり、キャンプやカヤックなどのアウトドアーを楽しめる静かなところだ。

今日はいつものオカマ仲間と日帰りでちょっくらそのガーンビルの街に行ってきたわ。

前回は皆でキャンプをしたり、川辺でカレーを作って食べたりしたが、今回はみんなで料理やワイン、スナックを持ち寄って、プールのあるロッジで水着パーティよ!



ガーンビルの街は、テレビドラマ「Looking」でもゲイ達の"避暑地"として登場していたが、昔からゲイ達が集まる場所としても有名で、このロッジもいつもゲイだらけだ。

「プールサイドの奥に座ってる3人組の中で、どれが一番イケる?」
「それより、反対側に一人で全裸で寝そべってるあの若い子のケツがいい」
「やだ。あそこに座ってるおじさま、あんたのこと、さっきからずっと見てるわよ!」

10年以上前から、会話の内容に全く成長のない中年オカマ達である。

M男やアメリカ人のE子は、他のお客さんたちとバレーボールを始めたようだ。

自分とY子は、プールサイドに寝そべって、そんな彼らの様子を眺めたり、周りの男達を眺めたり。

サンフランシスコは、霧の日が多く太陽に直接あたる機会も少ないが、ちょっと車を走らせれば、自然の中静かに日光浴を楽しめるところがあるのが有難い。

日焼けのし過ぎで肌のシミやしわの悪化は怖いが、こうやって美味しい空気を吸って、太陽にあたっていると、疲れた心と身体に元気が出てくる気がする。

今夜はぐっすり眠れそうだわ!




Highlands Resort
http://www.highlandsresort.com/

1日利用料は$20くらい。「3R - Russian River Resort」もゲイに人気のロッジだが、このハイランズのほうが、静かに過ごせて個人的にはこっちが好きだ。古いピアノもあるので、日焼けに疲れたら、中に入ってへたっぴピアノだよ。





2017年5月28日

そして僕は、途方に暮れる

「もう、あたし、やっぱり一生一人かも・・・」

朝、会社の部門全体のミーティングがあり、家からダウンタウンにある会議場にUBERで向かっていると、オカマのY子からいつもの湿ったメッセージが携帯に届いた。

Y子は、オカマ友達M男のドイツ人友達Gを先日紹介してもらい、昨夜ついにそのドイツ人と1回目のデートに臨んだらしいのだが・・・。

「長い間、真剣に男と付き合ってなかったから、デートの仕方も忘れちゃったわ。」
「もうひとりでいる事に慣れちゃったのかな。新しい出会いとか人に合わせるとか面倒くさくて。」

矢継ぎ早にY子から、メッセージが送られてくる。

「確かに、新しい出会いとか変化とか、40近くなって自分をそれに合わせたり変えたりするのは大変だけど、そういう機会があるだけでも有難いと思わない?」
「面倒くさいで終わらせないで、お互い興味があるなら、もう少しデート続けてみたらどうなのよ?」

と自分のことは棚に上げて、Y子を諭すメッセージを返した自分である。

確かにこの歳になると、既に自分の生活スタイルが出来上がっているし、自分の好きなこと・苦手なことも確立していて、自分でそれを重々分かっているから、それを相手や環境に合わせて変えようという気になれないのは分かる。

かくいう自分も、ついこの間、職場で辞令のEメールが届き、ここ数年ずっと変化を嫌って断って来た昇進が決まってしまった。

周りは「給料もあがるし、若手もこき使えるし、いいじゃんよ!」と言うが、自分にとっては、漫画「きのう何食べた?」の弁護士シロさんじゃないが、上を目指すよりも変化のない日々の平穏とストレスのない生活を望んでいるから、この昇進は肉体的にも精神的にも本当にきつい。

Y子は新しい男との出会い、自分は新しい職場環境。傍からみたら良い事に見えても、本人にはため息なのだ。

そんなことを思いながらUBERを降り、会議場に向かって歩いていると、東京の出版社で雑誌編集をしている同い年のオカマK子から、こちらも矢継ぎ早にLINEメッセージが入った。

「今日、会社の役員室に呼ばれて、"ひゃだ、最近2丁目でオトコ漁りしてたのバレて叱られるのかしら"と思ったら、あたし副編集長に昇進だって!」
「これからは忙しくなって、もうエジプトとかLAとかあちこち遊びに出歩けなくなるかも!」

どうやら、"もうあたし達40だから環境の変化は厳しいのぉ"などと、現状のぬるま湯に浸かるには、まだ早いようなのだ。

どうなることやら。



飲まなきゃやってられん。
先を考えただけでも、胃が痛い。


2017年5月16日

天使がウインク 僕には見える 涙の影で揺れている笑顔

「もうだめ。目がかすんで仕事になんない!」
「あたしも!コンピュータの画面、拡大して表示させないと数字読み間違えちゃう。」
「ストレスのせいかしら・・・ 今まで裸眼で2.0だったのに」
「だたの老化よ。みんな40前後になると、がくっと視力が下がるらしいわ。」

同い年で健康オタクの元同僚と、朝からチャットで老眼相談である。

この歳になるまで、眼鏡にもコンタクトにもお世話にならず、「山育ちで目はいいの! 」(C)ラピュタ と胸を張って言える程、視力だけは自信があったのだが、ついにここにも老化が来てしまったらしい。

そういえば一足先に40代に突入したオカマのK枝も、「40過ぎたら突然視力下がっちゃって、デート中に男達の顔が良く見えないのぉ」と漏らしていた。

仕事に支障が出たらこまるわ?と、疲れ目に効くらしいブルーベリーを食べたり、毎朝目の周りに蒸しタオルをあてたりしてみてるのだが、やはり夕方には画面が翳んでくる。

目が疲れたら遠くに見える緑をみるとよい、と昔母が言っていたのを思い出し、仕事の合間に、窓の外の風に揺れる木々や遠くの山を見て目を休めているのだが、効いてるのかしらん。

次回日本に帰ったときには、おされな「老」眼鏡を購入しなきゃだわ・・・。

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緑を見るのが眼に良いのならば、と言うわけでもないが、この週末は天気も良いので、エンゼル島(Angel Island)にハイキングに行ってきた。

この島は、サンフランシスコから船に乗って30分程のところにある小さな島で、20世紀初頭の戦前・戦時中は米国移民局が置かれていたが、今は州立公園として開放されている。

十数年この街に住んでいて、一度も来たことなかったわ。
頭の中で流れる曲は、やっぱり天使のウィンク (C)聖子。

船を降りて左手に15分ほど歩いていくと、海辺に移民局跡地の建物が見えてくる。当時この場所で船での長旅を終えて入国審査を待った人々の様子を、見学できるようになっている。

移民管理局跡地。ここで特に中国や日本からの移民が入国審査を受けたという。

人々は横浜の港からどんな気持ちでサンフランシスコを目指したのだろう。


サンフランシスコ湾に囲まれたこの島を頂上に向かって歩いていくと、サンフランシスコの街並みやゴールデンゲートブリッジ、ベイブリッジもすべて見渡せる場所にたどり着く。

日頃、大した運動もしていない中年オカマの自分だが、それほど足腰に厳しい道もなく、美しい景色を眺めながら、春の風に吹かれて日々のストレスも忘れ、数時間ハイキングを楽しんだって訳。(でも2日後あたりに、筋肉痛来るわよね・・・)


サンフランシスコからこんなに近いところで、美しい山と海の景色が楽しめるとは。
これで視力も少しは回復したかしらん。





2017年5月8日

夏の前の淡い日差しが駅のホームにこぼれてる

いつもなら地下鉄を使って通勤しているのだが、今日は地上を走る路面電車に揺られて会社に向かっている。

早朝から社内のウェブセミナーのようなものがあり、家で会社に行く準備をしながら携帯電話からインターネットにアクセスして参加していたのだが、時間になっても終わらず、しょうがないわねと、携帯にセミナー画面を接続したまま家を出てきたのだが、

「やだ、地下鉄に乗ったら電波が届かなくなるじゃない」

と気づき、敢え無くこの路面電車に乗ったという訳なのだ。

Fラインと呼ばれるこの路面電車は、街中をゆっくり走っていくので通勤には不向きだが、オカマの街カストロからダウンタウン・金融街を通り、海沿いを観光名所のフィッシャーマンズワーフに向かって走るので、旅行客が多い路線である。

昔イタリアのミラノで使われていたという古い車両に揺られながら、夏の前の爽やかな5月の風に吹かれて、青々とした緑の木々を眺めながら通勤するのも、たまには良いでねーの。

列車のベルが響けば そんな強がりも消える~ (C)河合その子

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「母の日なんか送ろうとおもうんだけど、今年は何か欲しいものある?」

と母にメールを送ると、

「ベレー帽かな~。でも花でもなんでもいいよ。」

と返事が来た。

昔から人に贈るプレゼントを選ぶのが苦手で、高校の時に付き合っていた女子に誕生日プレゼントを買うのに悩んだ挙句、学校にもはいていけるような靴下をいくつか贈ったら、露骨に嫌な顔をされた切ない経験もある。

そんなことも知っている母なので、日傘やショール等、自分が選びやすいようなものを毎年指定してくれる。

三越・伊勢丹や高島屋の母の日ギフトのページで"ベレー帽"と検索して探してみるも、母が好きそうなデザインや色のものがない。

色々探してみたが、結局アマゾンで妹と色を相談して春・夏もののベレー帽を2つ購入した。

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平日の朝や週末の時間のあるときに、オカマのY子や同業女子のM子ちゃん、東京のオカマK子と、時々iphoneのフェイスタイムやLINEチャットでお互いの顔を見ながら、電話で話したりする。

髪もボサボサ、メイクもなしのお互いブス顔のまま、他愛ものないことを話すだけなのだが、

「ほんとテレビ電話なんて、子供の頃はドラえもんの道具か、小松左京のSF小説の世界の話だったわよねぇ」

としみじみ思う。

先の社内のセミナーがiphoneでスクリーンを見ながら参加できるのも、大昔に東京でサラリーマンをしていた頃じゃ、考えられなかったことだ。

ほんと便利な世の中になったわ!

オカマで一人っ子のK枝やM子ちゃんは「親になかなか顔をみせられないから」と、以前母の日か親の誕生日かにipadを贈って、アメリカと日本でいつでもテレビ電話で顔をみながら話ができるようにしているという。

こうやって海外に住んでいると、なかなか実家に顔を出すことも出来ないし、親の年齢を考えると直接会うという機会も、もしかしたら数えられる程しかないかもしれない。親不孝ものだ。

自分も来年の母の日(か誕生日)は、K枝やM子ちゃんを見習って、テレビ電話贈ろうかしら!



2017年5月3日

ハミルトン

木曜日、仕事帰りに週末の予定を確認しようとグーグルカレンダーを開くと、

金曜日は黄昏時のオーシャンビーチで友達の誕生日の集まり

土曜日は昼間にイーストベイでストレートカップルのベビーシャワー、夜はデンバーから遊びに来ている水球友達を囲っての飲み会

日曜日は市内のホールで知り合いのピアノリサイタルとディナー

とある。

毎週末こんなにスケジュールが埋まっているわけではもちろんないし、年々狭まる友達の輪の中で、こうやってお誘いを頂けることを本当に有難く思っているのだが、元々、どちらかというと、大人数の中にいるよりは、家に篭って静かに過ごしたいタイプの自分にとっては、

「今週末は、つらいわ・・・」

と思わずため息が出てしまう。

東京でサラリーマンをしていた若かった頃は、女上司達とおされをして仕事を抜け出してパークハイアットのワインパーティに参加したり、同年代の仲間達とゲイゲイしい格好をして新宿リキッドルームでダンスパーティで朝方まで踊ったりと、大勢の人が集まる場所をそれなりに楽しんでいたのだが。

歳をとる毎に、パーティやイベント、特に初対面の人が多く集まる場所に参加するのが、億劫になってきて、どちらかというと、楽しむというよりも、苦痛に近くなってきている。

外に出るのが大好きなアメリカ人のN君に言わせれば、

「そういったところに参加したら、新しい出会いや発見があって楽しいじゃない?」

とのことだが、自分にしてみてれば、

「家で過ごして、静かに自分と向き合うことだって大事だ!」

と思ってしまう。

カレンダーを眺めながら、家でひとり安い酒のグラスを傾けながら本を読んだり、日本のドラマ「カルテット」の続きを観たり、へたっぴピアノを弾いたり、あるいはシンフォニーやミュージカルをひとり観にいく、といった静かで穏やかな週末を夢見るのである。

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ミュージカルといえば、先月の話になるが、アメリカで人気のブロードウェイミュージカル「Hamilton (ハミルトン)」を観てきたど!

2015年にブロードウェイで公開されたばかりの、アメリカ建国の父の一人「アレキサンダー・ハミルトン」を主人公にした舞台で、ヒップホップ音楽をベースに、役者の殆どが非白人で占められているということで注目され大ヒットとなり、去年史上最多のノミネートで作品賞をはじめトニー賞を総なめにしたミュージカルなのだ! (Wikipediaより)

この「ハミルトン」、今じゃ普通のオーケストラ席でも8万円から10万円という、とんでもないことになっている舞台らしいのだが、この春にブロードウェイからサンフランシスコにやってきて、"Preview"期間はチケットが少々安くなるわよということで、それならあたしもっ!とヘソクリをはたいて行ってきた訳。

どんなに人気とは言え、そんなヒップホップやラップなんて、古い昭和オカマのあたしには好きになれないだろうね、と斜に構えていたのだが、舞台がはじまるとたんに引き込まれて、やっぱり興奮して席を乗り出して観劇したわよね。

ジャンバルジャンを中心に添えたフランス史劇が「レミゼラブル」ならば、こちらはアレキサンダーハミルトンを軸にしたアメリカ史劇で、こりゃアメリカ人大好きだよね、と納得した次第である。


人と交流するのも大事だが、こうやって好きな舞台を観て心を潤すことも大事よね、
と言い聞かせる、ますます引きこもりの中年オカマよ。







2017年4月28日

4月になるとここへ来て 卒業写真めくるのよ

「A子ちゃんちに遊びに行った時に、あんまりにも部屋が散らかってたから、

『あんた赤ちゃん生まれたんだから、ちょっとは家片付けたらどうなの?危ないじゃないの』

って言ってやったの。そしたら、

『Y子さんこそ、いい加減片付けたらどうなんですか?昔の男達との思い出とか!』

って言い返されたの! どゆこと!?」

オカマ友達のY子が、元同僚の女子の家に、最近生まれたばかりの赤ちゃんを見にいったら、その女子とこんなやりとりになったという。

確かに、最近良い出会いのないY子から、

「もう少しあたしがあの時我慢してたら、あの男とうまくいってたかもしれない・・・」

とか、

「携帯の中身を整理してたら、あの時の彼の写真が出てきたんだけど、何であたし削除しないで持ってるんだろ・・・」

といった、昔の男達を恋しがるどうしようもなく湿っぽい内容のメッセージが、朝っぱらから届いたりする。

そりゃ、元同僚女子に手厳しく言われても、何も言い返せねーだろうよ。

そんなY子とのやりとりを思い出しながら、ひとり地下鉄に揺られていたら、シャッフルに設定していた携帯のイヤーフォンからジャズピアノが流れ出した。

「あ、これ・・・。」

数年前に、自分が一時恋愛めいたことをしていた、ピアノ好きの小児科医の男からもらった、"Oscer Peterson Trio"や"Art Tatum"等のジャズピアノの曲を集めた、彼の手作りのCDだった。

その時は「この男と一生つきあっていくのかもしれないわ、あたし?!」と、はじめて恋に落ちた中学生じゃあるまいし、下らない妄想に耽っていたのも、今じゃ人には言えない恥ずかしい思い出である。

当時はよくピアノバーで一緒に飲んだり、彼の家のグランドピアノ弾かせてもらったりしたわよね・・・。

結局、それは短いひと夏の恋で終わり、今じゃ未練も何も残っていないが、ふとしたきっかけで、こうやって昔の男を思い出してしまうのは、どうやらY子だけじゃないらしい、と思わずひとり苦笑する自分であった。

サンフランシスコ、特にこの街のゲイ社会は狭いので、街を歩けば昔出会った男とすれ違うことは多々あるし、ふとしたことが当時付き合ってた男を思い出させることもある。

「あたし、キッコーマンの醤油差しを見るたびに、あの彼のことを思い出しちゃうの!」と、その昔ハンサムなフォトグラファーと一時期恋に落ちていたK枝が言っていたが、一体K枝は、キッコーマンの醤油差しに彼とのどんな思い出があるというのだろう・・・。

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同業の女子友達のM子ちゃんから、お気に入りのイタリア料理の店「Aperto」が今月いっぱいで店を閉じるらしい、と情報が入った。

街の外れの丘の上にある「Aperto」は、M子ちゃんと若かった頃に、週末よく資格試験の勉強を一緒にしたあとに通っていた店であり、また当時住んでいた日本人仲間とも何度となく訪れた思い出のある店だった。

特にすごくおしゃれな店という訳ではないが、アメリカナイズされていない本場の素朴なイタリア料理を出す店で、24年間続いていたというその店が、新しいビルのオーナーと折り合いがつかず、もうなくなってしまうと思うと、何だかとても悲しい。

というわけで、今夜の夜飯はApertoでイタ飯だよ、とタクシーを飛ばして町外れの丘まで行って来たわ!

テーブルに塩・コショウをおかない、というのがこの店のルールだ。
店員さんも、つかずはなれずの丁度良いサービス。

この店はなくなっても、オークランドにある姉妹店は続いていくという。

ひと夏の恋の、そのピアノ好きの小児科医の男は、その後、サンフランシスコの家を売り払いハワイに引っ越していったと、風の便りに聞いた。

人も街も店も移り往く。

40年近く生きていると、永遠に続くものなどないのだ、と経験で分かりはじめている。




2017年4月25日

眠れる森の美男

水曜日。早々に仕事が片付いたので、はやめに職場をドロンして、久々に近所のファーマーズマーケットに顔を出してみた。

3月から11月まで夏時間の間、毎週水曜の夕方にカストロ駅ちかくの通りの一角を閉じて、空が暗くなる8時過ぎまで、地元の農家たちが野菜やチーズに蜂蜜、手製パスタなどを売りに出しているのだ。

夜飯は何にしようかと歩きながら見て周ると、そら豆が店先に並んでいて、思わず春を感じる乙女。

そういえばと、大分前に読んだ、よしながふみ女史の漫画「きのう何食べた?」で紹介されていた炊飯器で作る豆ご飯を思い出し(あれはグリンピースだったっけ)、今日はそら豆で豆ご飯でも作ってみようか!と、袋一杯にまだ実の小さいそら豆を購入した。

炊飯器にいつもと同じ要領で米を研ぎ、水を少々減らして、その分適当に酒と塩を加えて、米が炊き上がる5分くらい前に皮をむいたそら豆をぶっこめば、出来上がりだ。

普段たいした料理をしないので、楽に作れる和食はうれしい。

それと安売りしていた豚肉としょうがで、今夜は、そら豆ごはんと生姜焼きだ。

20年前、大学を出てサラリーマンをしていた頃は、マンションのキッチンなどせいぜいお湯を沸かす時に使うくらいで、昼飯は社食かファストフード、夜飯はコンビニ飯みたいな生活だったことを考えると、少しは成長したかしらん?(その分、腹回りも成長したわよね)

いつか、ちゃちゃっとうまい和食が作れる男(オカマ)になりたいと夢見る。
いつもご飯には、M男のおすすめで、高血圧に効くという大麦を混ぜて食ってます。

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弁護士のシロさんと美容師のケンジのゲイカップルが主人公の、料理漫画「きのう何食べた?」も新刊が出るたびに紀伊国屋で購入し楽しみに読んでいるのだが、昔からどちらかというと、少年漫画より少女漫画のほうが好きな自分である。

子供の頃に、よく父が、妹に月刊少女漫画誌の「りぼん」などを仕事帰りに買ってきていたが、それを妹から取り上げて、妹より先に読んでいたくらいだ(この頃からもうオカマ丸出しだったわ)。

萩尾望都、山岸涼子、大島弓子、川原泉や岡田あーみん(!)は、母も妹も好きで家族で読みまわしていたし、ゲイがあちこち出てくる吉田秋生の漫画は今でも通勤中に繰り返し読んでるわ!(どんだけオカマだよ)

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夜飯を終えて、腹がいっぱいになったところで、安もののワインを飲んでいたら、ふとそんな大昔に読んだ少女漫画たちが読みたくなってきた。

そのうちの一つ、ゲイの医者が主人公で、東京、ニューヨーク、中東を舞台にした短編があったのだが、タイトルも思い出せずグーグルで検索してみたら、アマゾンでダウンロード購入できるじゃないの。

早速、ipadにダウンロードして、今夜はひとり少女漫画ナイトだよ。

秋里和国女史の「眠れる森の美男」という作品の続編で「TOMOI」という漫画。
結末がとても哀しい。泣くわ。










2017年4月17日

桜の雨、いつか

職場でのバタバタもやっと落ち着いてきて、この日曜は久しぶりに出社せずに、家で過ごしている。

映画「ムーンライト」のピアノとチェロの奏でるサウンドトラックを静かにかけて、雨の降る街を眺めながら、ソファーに座って朝から一杯ひっかけている(アル中!)。

トマトジュースにウォッカとわさびをぶっこんだだけよ

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「熱出して、寝込んでる。103度。どうしよう。今日は仕事休むわ」

先週の月曜の朝に、いつもは頑丈なM男から弱気なメッセージが入った。

「大丈夫? 何か必要だったら、いつでも連絡して。昼休みでも会社帰りにでも持ってくわよ。Y子なら夕方は暇してるだろうから、急ぎだったらあの子に連絡してもいいし。」

と返事をする。

女友達に言わせると「友達思いで、優しいね~」というが、自分が同じように体調を崩したり弱ったりしたときに助けてもらう為に、こんな時は、こうやってお互い支え合っとかないと、ともっと必死で切実な思惑があるのだ。

同じくオカマのY子も、この間、腕に大きな切り傷をしていたので、どうしたのか問うと、シャワー浴びながら、タオルに手を伸ばそうとしたら、足を滑らせて、風呂場でひっくり返ったという。

「あんた、打ちどころ悪かったら、切り傷じゃ済まないじゃないのよ! もう気をつけてよぉ!」

と半分冗談、半分本気で皆から心配されたY子である。

自分は自分で、昨年末から悩まされていた「10円ハゲ」も、オカマ先生の注射のお陰か、大分目立たない程にはなってきたが、まだ風に吹かれると、ひらりと頭皮が見え隠れしてハラハラしている。

それよりも、最近は、ジムでちょっと重めのダンベルを持っただけで、腰にぴりっと痛みを感じるし、仕事場で夕方になると、急にパソコンのスクリーンがぼやけてきて、若手のスタッフに拡大してプリントを頼んだりしたりと、老化を確実に感じている自分である。

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3月の終わり。

飲み屋の帰り道、夜空の下、風に散っていく桜の花びらを見て、

「ほんと、花の命は短いね。あたしも一緒だわ」

と酔っ払って、乙女めいた発言をしたY子に

「おめーは、そんな綺麗じゃねーだろ」

と突っ込むM男とK枝。

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久々の仕事なしの日曜日なのに、家でぼーっとしてるだけなのももったいないと、傘をさして街を歩く。

最近新しくできたレストランの前を通ると、50代か60前後くらいの4人組の中年のおしゃれをしたおっさん達が、窓際の席に座って仲良さそうにミモザを片手にブランチを楽しんでいた。

例え花が散って枝だけになっても、こうやって仲間と元気にわいわいやっていられたらいいなぁ、とあちこちたるんだおっさん達をうらやましく思う、日曜の午後であった。