2019年7月21日

木漏れ日がライスシャワーのように (4)

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これまでのお話

木漏れ日がライスシャワーのように (1)

木漏れ日がライスシャワーのように (2) - 家族の心模様 I

木漏れ日がライスシャワーのように (3) - 家族の心模様 II

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6歳年の離れた兄とは、幼い頃は本当に仲が悪く、当時は口を聞いた記憶も殆どないほどだった。

当時の兄は、短ランにボンタンという典型的な恰好で学校に通うという、いわゆる”ヤンキー" (死語?)であった(何度か学校から連絡が入り、母が校長室に呼ばれて行ったこともあったわよ!)。

一方、自分はゲーム・アニメ大好きで吹奏楽部所属という、毎週水曜は湘南で暴走族(もどき)の活動をしていた兄とは正反対の性格だったから、もちろん気が合うはずもなく、兄が家にいるときは、兎に角、兄の気に障らぬよう、殴られぬよう、気を消して生活していたものである。

その後、自分が高校に入る頃には、兄は家を出て、それ以来長いこと顔を合わせることも連絡を取ることもなかった。

「お兄ちゃんのところ、子供できたらしいわ」

大学を卒業し、東京でサラリーマンをしていた時に、母からそんな連絡が入った。

兄がいつのまにやら結婚したことは聞いていたが、兄に子供ができるというニュースは自分のことのようにうれしかったのを覚えている。

そして、それがきっかけとなったのか、あるいは自分も兄もそれなりに年をとり角がとれてきたからなのか、自分が働いていた会社が出していた育児の本を兄のお嫁さんに送ったりしているうちに、兄と自分の関係は、徐々に雪解けとなり、やっと普通に話をすることができるようになったのであった。

その後、兄がその奥さんと離婚したあとも、自分が日本に帰る度に、仕事の都合を合わせて甥っ子や姪っ子をつれて、顔を出してくれている。

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「兄はどうするの?」

母と妹とランチをしているときに、妹が兄に今回の結婚のことを伝えるのか問うてきた。

「お兄ちゃんには、結婚の事、言わないほうがいいかもしれんね」

それを聞いた母は、そう答えた。

なんせ、長い間、兄と自分との"冷戦"をみてきた母である。それでなくても、元ヤンキー(死語!)で、当時テレビにゲイのタレント(おすぎさんとピーコさんとか日出郎さんとか…)が出ていたりしたら、「こいつら死ねばいい」くらい平気で言っていた兄であるから(ひどい!)、母がそういうのも理解できる。

自分も、父の件もあるし、これ以上、家族から嫌な顔をされたり、また嫌な気持ちになって欲しくないという気持ちがあったから、結局、兄とその甥っ子と回転寿司に行った時も、兄が部活帰りの姪っ子を連れて実家に顔を出した時も、何も言えずにアメリカへ戻る前日を迎えてしまったのであった。

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夜中すぎ、アメリカへ帰る準備で荷物を詰め終え、ベッドに横になった。

ふと、以前ゲイ友達のKちゃんが弟さんにカミングアウトしてうまくいった時の話や、サンフランシスコサラリーマンの会のTさんが日本の弟さんにカミングアウトして以来、一番の人生の相談相手になっている話などを聞いていたのを思い出した。

そして、ベッドの横においておいた、焼酎の水割りを一気飲み。

"えーい、もう兄にも言っちゃうわ!!!"

と兄にLINEを送ってみることにしたのである。

「自分、結婚することになったんだけどね...」

「いわゆる同性婚ってやつだから…」

「母ちゃんと妹には言ったけど、父ちゃんはダメみたい...」

返事が来るのが怖くて、まとめて立て続けにメッセージを送る。

すると、しばらくして返事が帰ってきた。

「マジか、ついに、おめでとう!」

「今の時代はなんでも理解されているから、おまえはおまえらしく生きればいいと思うよ。」

「俺も自分勝手に今まで生きてきたから。でも悔いはなし。」

「おまえも悔いのないように(^^)V 仕事もあまり頑張らずに、身体大事にしなさいよ。」

兄からのそんな優しさにあふれた返事に、またも涙が止まらぬ中年オカマの自分である。

41年生きてきて、はじめて兄の優しさを知った夜だったのだ。


続く





2019年7月18日

安心しなよ 君は特別不幸じゃない

「わ~! こんな美味しい天ぷら、滅多に食べられないから嬉しいです~!」

赤坂見附の駅から数分のところにあるホテル内の天ぷら店で、着慣れないスーツを着て、クライアントとのランチミーティング中、思わずそんなオネエ言葉が出てしまう自分である。

そもそも、日本のビジネスマナーならば、相手の食べるスピードに合わせて自分も箸を進めるべきなのだろうが、滅多に食べられない本物の天ぷらを目の前に、そんなマナーのことなどどっかに吹っ飛んでいたのだった(アメリカじゃ、とんでもねえ天ぷらモドキにしかお目にかかれないの!)。

久々の日本での休暇だというのに、結局仕事に振り回され、東京のホテルに泊まり込み、クライアント先を訪問したり、大手町にある会社の東京オフィスにて通常営業で仕事メールをさばいたりして過ごす毎日である。

予定ならば、家族を連れて箱根や伊豆、あるいはちょっと足を延ばして母が生まれ育った礼文島や、今までずっと訪れてみたかった尾道((C)大林宜彦監督!)などへ小旅行したかったのだが・・・。

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「日本に帰ったら、食べたいものがありすぎて、一日5食とか食べちゃうわ!」

「住んでた頃は滅多に行かなかったコンビニも、今となっては食べたいものありすぎて、毎日通っちゃう!」

「日本滞在中の予定? 食べに行きたい店をあちこち巡ってたら、他になんかやってる時間ないわよね」

等々、サンフランシスコに住む日本人のオカマ達と、日本滞在の話をしたならば、皆、大抵そんなことを言う。

そして、日本滞在から帰ってきたならば、皆、大抵数キロ体重を増やしている。

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自分の今回の日本滞在も、

"せっかくの久々の日本の休暇が、仕事でつぶれちゃうなら、せめて旨いもん食って帰らなきゃやってられん!"と、

母を連れて銀座のうなぎ屋でランチをしたり、

古くからの友人と千歳烏山の野菜の美味しいフランス料理の店にいったり、

中学時代の仲間とお墓参りの帰りに横浜で豚肉の旨い店でランチしたり、

鎌倉のお寺さん巡りの合間に、地元の日本酒と蕎麦を頂いたり、

学生時代によく通っていた祐天寺のカレー店で一人でインド飯したり、

六本木のイタ飯(昭和)で女子会をしたり、

新宿2丁目の居酒屋で魚三昧の女子会(こちらはオカマだらけ)をしたり、

悪友のK子とはお互いの仕事帰りに銀座でおちあって、素敵なお店でカリフォルニアワインとペアでシェフのマークさんのアメリカ料理を楽しんだり・・・

と、仕事以外は食ってたことしか思い出せない程、食ってばっかりの滞在だったのである。

「まぁ、こうやって美味しいもの食べれただけでも、幸せもんだわ!」

と仕事ばかりとなった休暇で不幸ぶる自分に言い聞かせる。

さて、アメリカ帰ってから、体重計乗るのも、クレジットカードの明細みるのが、一番怖いわ・・・!


朝から晩までこの天気の中で仕事ばっかしてたら、
うまいもんでも食わなきゃ、やってられん!


皇居の近くのホテルのおされなバー
仕事帰りに東京の空を眺めながら一人酒


銀座のおされなアメリカ料理の店
MARK'S TABLE
サンフランシスコ出身(偶然!)のマークさんのお店











2019年7月9日

木漏れ日がライスシャワーのように (3)

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これまでのお話

木漏れ日がライスシャワーのように (1)

木漏れ日がライスシャワーのように (2)
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朝から雨の降り続く土曜日。

傘をさしながら六本木の街を足早に歩き、待ち合わせ場所のイタリア料理の店へ向かった。

「やだ~~~~!!! 久しぶりすぎる!!!」

「あんた、全然変わってない! 年取らない! 化粧水なに使ってんの!?」

と、店についたとたんに、この調子である。

15年以上前、自分が東京からサンフランシスコに引っ越したばかりで、語学学校生をやっていた頃に出会った、同じように当時サンフランシスコで語学学校生をしていた女子たちと、今日は同窓会、兼、女子会だ。

「とりあえず、乾杯しようよ!」

と、広告代理店でバリバリ働き、恋多き女でもあるY子がスパークリングワインのグラスを掲げると、

「あたし、今日はちょっと、お酒辞めとく・・・」

と、アパレルのIT部門を牛耳り、今では一児の母でもある酒豪のK子が言う。

「あんた、まさか・・・!?」

「もしかして?」

「えへ。実は、2人目、妊娠してるかも・・・。 まだ確認はしてないんだけど・・・。」

「ひゃだ! おめでた!?」

「あたし今から薬局言って、検査薬買ってくるから、K子、この店のトイレ借りて、ちょっとチェックしてきなよ!」

と、まるで一昔前のドラマのように大騒ぎである(個室予約しておいて、正解だったわよね・・・)。

「んで、実は自分、N君と結婚することになったんだけどね・・・」

と、そんな騒ぎに乗って、自分も皆に告白すると、

「ひゃだ! おめでとう!!!」

「それで、ご両親は大丈夫だった!?」

という話になるのは自然な流れな訳で。

「父にはそれとなく、何度か話してるんだけど、やっぱりダメだわ・・・。」

K子は、今の旦那と結婚してからもう5年以上になるが、親から大反対されて未だに母親はその旦那と一度も会ってくれていないという。

Y子も、10年程前に日本へ戻ってから出会った男と結婚したものの、家庭の色々な事情があり、離婚し今は一人で頑張っている。

そんな女子たちに話を聞いてもらったり、彼女たちの話を聞いていたら、ゲイじゃなくたって、みんな色々な事情を抱えても、なんとかやっていることに気づく自分だったのだった。

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「あんたの式は、着物で参加しようかね」

母と妹と、妹の住む街の駅の近くの小さな和食屋でランチをしていたら、母がふとそんなことを言う。

「ええ!? でも母ちゃん、父ちゃん来ないなら、母ちゃんも行けないかもって言ってたじゃん」

「あんた、そういう訳には、いかないもんよ。パパが行かなくても、あたしは行くから心配しなさんな。」

母だって、息子がゲイであることやら同性婚の国際結婚やらでとっ散らかってる状態の中、きっと色々ストレスになっているはずだ。

そんな中で、遥々サンフランシスコまで、父が来なくとも、母一人で来てくれると言ってくれることに、思わず涙腺が緩むあたし・・・。

そして、

「母ちゃん、やっぱり着物は紋付の黒かね。でも、アメリカの結婚式なら、色付きのほうが綺麗かしらねえ」

と、空気を読んで取り繕ってくれる、よくできた妹がいる。

"父には理解してもらえなくとも、こうやって自分をサポートしてくれる母と妹がいてくれるだけでも、自分は幸せものだわ"

と、アジフライにかぶりつきながら、しみじみ思う自分だったのだ。

「でもさ、兄はどうするの!?」

と、突然妹が言い出した。

そう、

自分には、まだ何の事情も知らぬ、元ヤンキーで父よりもよっぽど保守的な兄がいるのであった・・・。




続く・・

























2019年7月3日

渡れる 渡れない あじさい橋

最後に梅雨時に日本に戻ったのは、いつだったかと思い返してみても思い出せない程、日本の梅雨は久しぶりである。

帰国する度に、先祖の墓参り、そして若くして亡くなった中学の時の同級生と、大学の先輩の墓参りは、時間が許す限りするようにしている。

“本当に遠いところにお墓あるもんねぇ。訪れる方も半日がかりだわよ!”

などと口では文句を言いつつも、やはり行ける時にはお参りして挨拶してこなくちゃと思う古い昭和のオカマである。

「いなくなってしまった人たちのこと、時々でいいから思い出してください」

と古いテレビゲームの台詞にもあったが、こうやってお墓を訪れて、元気でいた当時のあれこれを思い出したり、手を合わせて近況の報告をしたりするのである。

中学の同級生のお墓参りにと、当時の部活仲間の女子達と、神奈川の外れの富士山がきれいに見える街まで、あれこれ昔話をしながら電車で向かっていると、

“卒業した後も、よくみんなで夜遅くに地元に集まって車で鎌倉とか湘南の海に行ったよなぁ”

などと、彼女が亡くなる前の頃の時間をふと思い出し、急に湘南の海を見に行きたくなったわ。

そして、翌々日。

ひとり鎌倉行きの電車に揺られていた自分である。


https://drive.google.com/uc?export=view&id=1bRiBNJSjUCosnuai6r2FTyin-89fFevQ
江ノ電の1日乗り放題切符で
鎌倉半日ひとり旅

https://drive.google.com/uc?export=view&id=1Gfe4RB9GMPr49Wz8vWQaFT3xiPq0WUGY
紫陽花で知られる明月院で
気分はあじさい橋 (c)城之内早苗

https://drive.google.com/uc?export=view&id=1oVPnzjZSpbrGMf8vDs1kqciWuwg1FXDt
京都まで行かずとも
東京から気軽に古都の旅

https://drive.google.com/uc?export=view&id=1VTvfE_VgCjMRcV6LeIX-1nqyjmQhbOP1
鎌倉の大仏様にも女学生に混ざって挨拶よ

https://drive.google.com/uc?export=view&id=1dgJ75p3IbL8YAU2YZlUtVZ3ex4y14YQF
梅雨とは思えぬ良い天気でありがたい

https://drive.google.com/uc?export=view&id=1MKm4YDxv7ZHrOCKoQvUNKA_BZsVW-Wsd
歩き疲れたら、由比ヶ浜の松原庵で
蕎麦ランチだ

https://drive.google.com/uc?export=view&id=1aq2_15tyLaUhA2Uw1g6rsuAlTYpywiQf
稲村ヶ崎の駅から数分歩けば
湘南の海

https://drive.google.com/uc?export=view&id=1K9L76cuaszGtL4-4SZ23nkC2xSt2KD5s
日が暮れてきたら海を眺めながら
松の薫る温泉に浸かる

https://drive.google.com/uc?export=view&id=19g2GWRxD1tyKV9KmQPO6WQHRW-As8Vzf
夕暮れの湘南を背に家路へ

20年以上前、まだ大人になりきれぬままの中学時代の仲間と、真っ暗な夜の湘南の波の音を聴きながら砂浜に座り、それぞれの悩みー今となっては本当にそれで人生を悩んでいたのかも分からぬがー、を語り合った。

青春、だったわね!

もう会えなくなってから9年経ったけど、愛犬のレオ君とそちらで仲良くやってるかな。

当時の仲間達も自分も、40過ぎてもそれぞれ色々悩みにぶち当たりながら、なんとかやってます。

また、会いに行きます。