2018年12月29日

たしかなこと

2018年も何とか無事に終わろうとしている。

結局、最後の最後まで仕事でバタバタとしてしまい、年越し前の家の大掃除もちゃんと出来なかった。

それでも、仕事の合間に、親しい友達との忘年会と称した食事会や、仕事場でのパーティなども参加でき、良い年末を過ごすことができたかしら、と思う。

「あたし、来年はイライラしない、怒らない、をテーマに生きるわ! 美輪明宏先生目指すの!」

老人ホームのようないつものカフェで、いつもの仲間と忘年会(ただのお茶会)をしていたら、突然女子のBちゃん(熟女)が言い出した。

自分も、去年の年末は、

"2018年は、人に感謝を伝える、ありがとうと口に出して言う"

を目標にかかげて、実際に、なるべく「ありがとう」と言うようにしてきたつもりだ。

ただ、その一方で"ありがとう"を言わない人たちが大勢いることに気づいて、逆にイライラばかりしていたのだ(めんどくさい、オカマね)。

「Bちゃん、あんたそんなこと言って、変な宗教とかにはまらないでよ~?」

などとその場ではみんなで茶化したけれど、自分も2019年は、日々平穏な心でいることを心掛けよう、と思ったのだった。

そして、家族、友達、これを読んでくれている方々、自分自身が、心身共に健康でいられますように!

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さて、これから空港に向かい、

年末年始、目指すは人生初の南アメリカ大陸、

ブラジル・アルゼンチンだ!

2018年12月25日

出逢いはスローモーション (7)

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これまでのお話

出逢いはスローモーション (1)

出逢いはスローモーション (2)

出逢いはスローモーション (3)

出逢いはスローモーション (4)

出逢いはスローモーション (5)

出逢いはスローモーション (6)


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"やばい、バスに間に合わねええ!!"

と、平日の朝からバタバタ家を飛び出すと、マンション入口の郵便受けの下に荷物が届いているのが目に入った。

日本菓子か何かの段ボールだったので、すぐにうちの実家の母から送られてきたものだとわかる。

"えーと、荷物を抱えて、一度家にも戻ろうかすら、あるいはこのまま、夜、会社から戻ってくるまでここに置いておこうかすら"

と数秒考えたが、ここに放置しておいて万が一誰かに盗まれでもしたら(だれも日本語で書かれた訳の分からぬ段ボールなどもっていかないだろうが)、とバスはやりすごすことにして、荷物を抱えて家に戻ることにした。

次のバスのスケジュールを携帯で確認すると、まだ時間があるので、その段ボールを開けて中身をみてみることにする。

箱の中にはいつものように、粉末状の緑茶やら薄焼き煎餅やらフリーズドライの味噌汁やら鎌倉名物の鳩サブレーやらが詰められていた。

"こうやってわざわざ日本からアメリカまで荷物を送ってもらえるのも、母ちゃんが元気でいてくれる間。永遠に続くものじゃないのよね・・・”

としみじみその有難さに感謝していると、

煎餅やらなにやらに混じって、小さい紙袋が2つ入っているのに気が付いた。

その小さな紙袋には、それぞれ「弘明寺」とかかれたお守りが入っていたのだったー。

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1年前の冬。

久しぶりにクリスマスに日本に帰った。

実家で数日過ごしたあと、大阪、奈良、高野山、東京と旅行したのであるが、大阪からはN君が合流し、十数年前にN君が英語教師として住んでいた奈良の村などを一緒に訪れたりしたのである。

アメリカに戻る前には、新宿の天ぷら屋で妹夫婦にN君を紹介したのだが、妹夫婦も普通に接してくれて、安堵したのを今もよく覚えている。

その翌日、アメリカに戻るべく羽田空港へN君と向かっていると、両親がいつものように空港まで見送りに来るというではないの!

さて、N君のことをどう紹介しようか・・・、と空港についてからも、ロビーをふらふら歩きながら考えあぐねていると、見覚えのある背の低い老夫婦の後ろ姿が。

「あら、あんた! もう着いてたの!」

と自分とN君に気づき駆け寄ってきたのは、我が母であった。

「えっと、あ、アメリカ人のN君です」

と突然のことに、訳の分からぬ紹介をしてしまう自分、

すると母は、

「いつも息子がお世話になってます」

と普通にN君に日本語で話しかけている。

思わずぽかーんとする自分だったのだが、どうやら、妹がすでに母にある程度話をしておいてくれたようなのだった。

別れ際、

「ほら、いつもの弘明寺のお守り、買っておいたの渡したかったのよ~!」

と母はごそごそと地元のお寺さんのお守りを手提げから取り出し自分に手渡す。

そしてそれと同時に、

「ほれ、こっちはN君の分!」

とN君にも同じお守りを手渡してくれたのだった。

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それから1年がたち、決して宗教を信じる家ではないのに、今でも「お守りは1年に一度とりかえるもの」と信じる母から、こうやってまた二人分のお守りが送られてきたのであった。

段ボールに紛れて一緒に入っていた母からの手紙には、

「弘明寺にお守り受けに行ってきたよ~。来年用! 今年のと取り替えてネ。ご加護があるように頼んできたからネ。でも、クリスマスにお守りってどうなのかね? まあいっか。お互い元気で暮らそう。N君にもよろしくネ。」

と書かれていて、これから会社に出勤だというのに、思わず涙する自分だったのだ。



今年は一回り小さいクリスマスツリー
子供の頃は実家でこれよりもっと小さいツリーだったわ

続く







2018年12月20日

少し元気失くしてるあなたにも 心いやす言葉を探している

フロリダのオーランドの空港で、サンフランシスコに戻る便を待っている。

この1週間、ここオーランドで仕事関係のカンファレンスに参加していたのだ。

アメリカに十何年も住んでいても、未だに人前で英語で話すのが苦手なので、この手のカンファレンスは本当に苦痛でしかない。

自己紹介からはじまって、グループディスカッションだの、ケーススタディだのを、アメリカ各地から集まってきた見も知らずの人達と、1週間も毎日やるなんて、考えただけで腹が痛くなるわ!

と、もう数か月前から参加日が近づくにつれて、食欲もなくなるほどのストレスを感じていた訳なのだ。

そんなカンファレンスとトレーニング漬けの1週間も、気が付けば何とか無事に終え(ストレスで大分痩せたかしら・・・)、1週間溜まっている通常業務の仕事はとりあえず忘れたふりをして、空港のバーで一杯ひっかけてる。

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"できごとより、考えのほうがこわい"

と、最近読んだ角田光代氏の「さがしもの」という本に書いてあった。

実際にできごとが起こるよりも、そうなることを恐れて心配したり不安になったりする「考え」のほうが、よっぽどこわいというのである。

"できるだけ考えないようにする。目先のことをひとつずつ片づけていくようにする。
そうすると、いつのまにかできごとは終わり、去って、記憶の底に沈殿しているー"

確かに、カンファレンスの発表で失敗したらどうしようといった目先のやわな心配事も、日々の人間関係や仕事の事も、将来・老後のことを色々考えて不安になるような事も、なんでも色々先立って考えてしまうのが悪いのだ。

実際に起こってしまえば、大抵のことは、考えていたよりもあっさりと済んでいくということは、40年生きてきて経験で分かっているのに。

「もうこの仕事ほんとに無理!!!終わんねえ!!!」

と社内のチャットで同僚の日本人に叫んでみたならば、

「無理だけど、今は、目の前のあるものを、1個1個終わらせていけば、いつのまにか終わってから大丈夫だよ~」

と同僚からさらりと悟りを開いたような返事が返ってきたわよ。

「どうしよう! 最近付き合い始めた彼と、今後うまくいくのか心配! クリスマスプレゼント早々買ってきたんだけど、彼、気に入ってくれるかしら…」

オカマ友達のK枝はK枝で、週末のランチでベトナムヌードルを一緒にすすっていたら、突然そんなことを言い出す乙女である。

「K枝ちゃん、先のことばっかり心配しないで、今は焦らずに彼との今の日々を楽しむように心がけてれば、きっとうまくいくわよぉ」

と自分もそんなふうに返したのであった。

誰だって、色々心配事を抱えて生きている。

2019年は、先の考えや心配事ばかりにとらわれずに、日々穏やかにストレスなく平和に過ごしたい、と心から思う年の瀬である・・・。




2018年12月9日

懐かしさの一歩手前で こみ上げる苦い思い出に

日曜の朝。

どうせ汗をかくから、と顔も洗わずシャワーも浴びずに家を出て、ジムへ向かって歩いていると、反対側から見覚えのある顔の男が向かって歩いてくる。

もう10年近く前に付き合っていたアメリカ人の男である。

「偶然! 久しぶり。 元気だった?」

「クリスマス休みは旅行でも行くの?」

「特に予定ないから、ここにいると思う」

「よい年末を!」

「よい年末を!」

などと、ほんの一瞬の他愛もない会話を交わし、軽くハグした後、お互い別の方向へ向かってまた、歩き出す。

東京ラブストーリーのリカじゃないが、背後に小さくなっていく彼の姿をちらっと振り返ってみる。

ある程度の期間を一緒に過ごした相手ではあるが、今となっては何の未練もない。

しかし、久しぶりに見るその懐かしい姿に、当時の記憶がよみがったのである。

ある程度の期間を一緒に過ごしたその男との別れは、その当時は本当に精神的につらいものがあって、すぐにフィリピン人の新しい男(若いかわいい子!)を見つけた彼と、しばらく独り身のままの自分との間の溝は深く、もう彼の顔など二度と見たくない!等と思ったこともあったかもしれない。

しかし、別れから10年も経つと、そんな恨みつらみよりも、

"しばらく見ないうちに、大分痩せたけど、大きな病気でもしたのかしらん"

"その後、フィリピン人の彼とは別れたと風の噂に聞いたけど、クリスマスは一人でさみしくしてないかしらん"

と、相手の心配をしている自分である。

「久々に、昔付き合ってた、Jとディナーしてきたんだけどさ」

と同業のM子ちゃんも、最近、昔の男とただの友達として食事をしてきたという。

「当時なんで、この変な男と付き合おうと思ったのかも、思い出せないんだけど!」

「若いときの男選びって、そういう過ちを犯すもんなのよぉ!」

と言って二人で爆笑したのだった。

ただ、自分もM子ちゃんも、過去の男たちとどんな別れ方をしようが、ただ、彼らがどこかで幸せに過ごしてくれていればいい、と願うのである。













2018年11月27日

MILK - ミルク

サンクスギビングの4連休は、パームスプリングスで過ごした。

ロサンゼルスから車で東に2時間弱行ったところにある、砂漠のど真ん中にあるような街である。

ゲイの人々のリタイア後の街としても知られ、右をみても左をみても街中がオカマだらけなのよ。

「ねぇ、ここのバー、ジジイばっかりでつまらない。いい男一人もいないじゃない!」

「あんた、そんなこと言ったって、うちらだって若い子からみたいら、ジジイだわよ?」

「ジジイっつーか、ババアだよ、あんたは!」

自分と同じタイミングで、テニス仲間と遊びに来ていたK枝と、そのパームスプリングスのダウンタウンにあるゲイバーで、周りのオトコ達を物色しながら、酒をひっかけながら、いつもと同じやりとり。

「でもさぁ、あそこに座ってるおじ様達も、若いときがあった訳で。彼らの若いときは、うちら以上に、ゲイとして生きていくの大変だったはずよ」

「ほんとだねぇ。彼らの世代が若いときゲイの権利を訴え続けてくれたおかげで、今のうちらの自由があるんだもんねぇ」

もう11月も終わるというのに、日中はショートパンツにタンクトップでも気持ちが良い夏のような気候である。

確かに平均年齢の高い街だが、そこに住む人も優しく、ロサンゼルスやラスベガスとはまた違った居心地の良さがある街だったのだ。

朝からプールサイドで一杯ひっかけるアル中のあたしです。

砂漠のど真ん中に突然現れる風車群

K枝の友達の所有する家にお邪魔して、日が沈むのをみながら
また一杯ひっかけるアル中のあたしです。

遠くの岩山と夕焼け色に染まった雲の美しさよ。

オカマバーに行ってみたら、下品なゲームが。。。
中央の穴におもちゃの鉄砲で当てたら景品がもらえるらしい。。。

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1978年11月27日。ちょうど40年前の今日。

この国ではじめて、ゲイであることをオープンにしながら市議会議員に選ばれた、ハーヴィー・ミルクが銃で殺された日である。

以前も書いたが、彼はサンフランシスコのゲイの街カストロの「市長」と呼ばれ、LGBTの自由と権利の為に尽力した人であった。

彼が亡くなって30年後の2008年の11月には、ショーン・ペン主演の「MILK」という映画が公開され、自分もこの映画を見てはじめて、ハーヴィーとその同じ時代を生きたLGBTの人々の苦難と努力を知ったのである。

仕事帰りにカストロの街を通ると、雨にもかかわらず道に溢れんばかりの大勢の人が、ハーヴィーを称えて集まっていた。








2018年11月9日

中間選挙

長いことこの国に非米国人として住んでいると、仕事でのネットワーキングや友達のハウスパーティ等の場で、

「何年アメリカに住んでいるの」

と度々聞かれるシーンに出くわすものである。

自分は運よく、学生ビザから就労ビザに移行して、今の会社のスポンサーでグリーンカードを取得することができ、十数年この国に住んでいる。

しかし、例えどれだけ長くこの国に住み、グリーンカードを取得して、どんな仕事をしていようがいまいが、この国に住む権利を得たとしても、取得しえない権利がある。

それが「投票権」なのである。

"トランプ大統領の誕生”から2年が経ち、つい先日その中間結果を知るすべともいえる「中間選挙」が行われた。

グリーンカードを持ちながらも市民権をもたない自分は、投票権はないのだが、一方で2年前の大統領選に投票できずに地団駄を踏んだまわりの日本人の知り合いの中には、今回こそはとアメリカ市民権を取得して、今回の投票に臨んだ人々がいる。

いつもの同業者仲間のM子ちゃんも、そのうちの一人だ。

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「うちでワインでも飲みながら、中間投票の結果をみんなで観ようよ!」

と、いつもの飲み友達のアメリカ人ゲイのE子の提案で、皆でテレビを囲んで中間投票の結果を見守っていた。

我らが民主党が優勢と言われていた下院も、一時は共和党が大多数を占め、冷や汗をかいたが、はやり西側の開票が進むにつれて民主党が盛り返し、結果、下院は民主の勝利となった。

それにしても、なんともわかりやすい程にこの国は政治的に二分されているんかしらん。

中部は共和党の赤に染まり、カリフォルニアや、ニューヨークといった海岸沿い都市部は民主党の青である。

日本ほどの低投票率ではないものの、アメリカでも若者の投票放棄が問題になっていて、投票日前には、著名人たちが、VOTE!!とインスタグラムやフェイスブックで訴えてったわ。

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さて、当日の上院下院の投票以外に注目されるのが、州・市のプロポジションである。

- マリファナ事業者に追加的に税を課す
- 湾岸のエリアに地震・津波に対する補強工事に予算を追加する
- ホテル税収入を芸術振興に使う

といったレベルの法案に、投票権を持つ一人一人がそのメリット・デメリットを考えて、投票するのも、アメリカらしい。

中には、「食用卵を産むにわとりに自由に歩き回れるほどの十分なスペースをあたえる」なんてカリフォルニアらしい法案もあって、これにも過半数以上が賛成に投票してたわよ!

自分も次期選挙に向けて、アメリカ市民権取得すべきかしら・・・















2018年11月5日

幸せかい 傷ついてるかい あの日の夢を生きているかい

"なんで、あたし、こんな好きでもない仕事して、こんな生活毎日続けてるんだっけ。しかもこんな異国で...."

朝、目が覚めて、会社に行くのが本当に億劫で、ついそんな思考が頭から離れなくなる。

"とはいえ、この年で今の仕事捨てて、新しい職探すのもねぇ...."

と自分に言い聞かせて、なんとか起き上がり、毎日電車に揺られて会社へ向かうのである。

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「大江千里がサンフランシスコに来るんだって!?」

ロサンゼルスに住むA子から、仕事中にメッセージが入った。

ネットで調べてみると、どうやらサンフランシスコから南に少し行ったシリコンバレーで、ジャズピアノの夕べを開くようなのだ。

「大江千里といえば、"格好悪いふられ方"だよねぇ」

「昔、"山田邦子のやまだかつてないテレビ"とか、出てたのよく観てたわ」

「あたし、実は彼のこと結構タイプだったのよぉ。あの眼鏡がたまらん!」

などと、仲間内でLINE上ひとしきりバブル全盛な日本の思い出を懐かしんだ後、

"確かに、ワイン片手に、大江千里氏のジャズピアノなんて、なんだか素敵じゃないの!"

と相成り、はるばるLAからやってきたA子とその相方のM君と、自分のオカマ計3人で、大江千里氏のジャズの夕べに向かったのであった。

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はりきりすぎて、早々会場についたので、思わず堂々と一番前の席を陣取ってしまう中年ばばあ丸出しの3人である。

大江氏は舞台に登場するなり、ピアノにも触れずに彼が日本で活躍していたポップスの分野を捨てて、ジャズの世界に入った経緯を、語り始める。

四十代後半になってから、日本での仕事を捨ててニューヨークに移住し、昔から好きだったジャズの勉強のために音楽学校に入った大江氏が、言葉や文化の壁もものともせず、身体を壊すまでジャズに没頭する日々。

そしてその彼が今、そのジャズを極めて、目の前で、にこにこと彼自身が楽しむようピアノを弾くその姿に、目が離せない3人だったのだ。

同じように、と言っては烏滸がましいが、日本での仕事を捨ててアメリカでなんとかやっている我々3人には、なんともいえぬ気持の共有があったのかもしれない。

「それにしても、五十歳手前でいままで積み重ねてきたものを捨てて、新しいことをはじめるなんて、すごいよねぇ」

「だったら自分は、今の仕事辞めて、パン屋はじめたいな。中年ゲイのパン屋とか、どう?」

「そしたら、自分店子やるから、雇って~~!」

「あたしは、千里さんのマネじゃないけど、趣味のピアノをもっと極めたいわ~。」

「そしたら、俺がボーカルやるから、みんなでバンド組もう!」

ジャズライブの帰り道、大江氏の熱い語りとピアノが、アメリカ生活をくすぶっていた中年オカマの心に響いたのか、いい年した3人はそんな夢を語り始めたのだった。

人生、まだまだこれから。

今からでも新しいことをはじめられる。

大江氏から大いに元気をもらったジャズピアノの夕べだったのである。


会場で売ってた最新作のCD購入したら、
ご本人からサインもらって大はしゃぎのあたしです。
優しい眼差しの恰好いい男(ひと)だったわ・・・!





















2018年11月1日

ベルサイユのばらを求めて (6)

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これまでのお話

ベルサイユのばらを求めて (1) - 旅立ち

ベルサイユのばらを求めて (2) - モンサンミッシェル

ベルサイユのばらを求めて (3) - ロワール渓谷

ベルサイユのばらを求めて (4) - ノルマンディ海岸

ベルサイユのばらを求めて (5) - Gay Games in Paris


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「それで、ベルサイユはどうだったのよ」

「結局ベルサイユ行かなかったの。 パリから電車ですぐだからいつでも行けるわとか余裕ぶっこいてたら、行きそびれたわ!」

「なによ、オスカルにもアンドレにも会えなかったってわけね」

パリにもオスカルやアンドレのような美しい人はいっぱいいたけどね(ぐふふ)」

というわけで、タイトルに「ベルサイユのばらを求めて」と豪語していたのにも関わらず、結局今回はベルサイユ宮殿には訪れることはなかったのだった。

ベルサイユは次のフランス旅行までとっときましょ、ってことで。

それにしても、20年ぶりの夏のフランスは、20年前の夏と変わらず、やはり美しいところであった。

旅行から帰ってきたら、早々更新しようと思っていた旅行記も、仕事が忙しいのを言い訳に、後回しにしていたら、もう11月になっている。

携帯に収められた写真たちを眺めながら、遠く霞む夏の思い出を懐かしんでいる。

オンフルールにある作曲家エリックサティの家には、白いヤマハのピアノが


アンボワースでは、ダヴィンチの家を訪れ
アンボワース城の彼のお墓にも立ち寄った


印象派画家モネの庭園は花々が美しかった!
その後パリのオランジュリー美術館で彼の「睡蓮」の連作も鑑賞


フランス最終日は、部屋からエッフェル塔が目の前に見えるホテルで、旅程を振り返る
田舎者根性丸出しのオカマです


今回の旅の最後の晩餐は、会社の上司が野菜が美味しいとおすすめのこの店
アルページュ Arpege Restaurant だ

ネットフリックスの「Chef's Table」も観て予習してきたのだが。
ここは本当にうまかった!!
ホテルの部屋に戻ると、夜のエッフェル塔に心躍る中年よ。


夜中の1時5分がエッフェル塔の消灯時間のようだ
最後のシャンパンフラッシュで20年ぶりのフランスの旅は幕を閉じたのでした。

こうやって写真を見返しても、「パリに住むおされ男」ぶって優雅にフランスの日々を過ごすのとは程遠く、結局、携帯のカメラ片手に田舎から出てきた観光客であり続けた自分だったのだった。

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昔から、一つの旅が終わると、楽しかった旅の日々の喪失感と、現実世界へ戻らなくてはいけないという恐怖で、どうしようもなく暗い気分になる自分である。

そんなサザエさん症候群のような暗い顔をしていた自分に、去年エジプトを一緒に旅した仲間の一人から連絡が入った。

「年末年始のご予定は!?」

「特に今のところなにも決めてないわ」

「また4人でどっかいっちゃう!?」

そう、旅ロスを和らげる一番の方法は、次の旅を計画することなのだ。

「行っちゃおか!!!」

というわけで、年末年始はオカマ仲間4人で、またはるか遠い大陸を目指すことになったのである。





2018年9月30日

ベルサイユのばらを求めて (5) - Gay Games in Paris

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これまでのお話

ベルサイユのばらを求めて (1) - 旅立ち

ベルサイユのばらを求めて (2) - モンサンミッシェル

ベルサイユのばらを求めて (3) - ロワール渓谷

ベルサイユのばらを求めて (4) - ノルマンディ海岸


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パリの東部に、ショパンやプルースト、モディリアーニやエディットピアフ等の著名人が多く眠る墓地がある。

その墓地の外れには、イギリス文学の文豪オスカーワイルドの眠る墓もあるという。

オスカーワイルドというと、子供の頃に読んだ「幸福な王子」や、学生時代に何度と繰り返し読んだ「ドリアングレイの肖像」くらいしか思い浮かばなかったのだが。

調べてみると、同性愛であることで投獄、破産、そして出獄後は失意のままヨーロッパを転々とし、最期はパリのホテルの一室で亡なるという、彼も同性愛者の歴史の中を生きた一人であったのだ。

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ノルマンディからパリに戻ると、前に比べてやたら街にオカマたちが目につく。

蒸し暑い気候の中、右を見ても、左をみても、鍛え上げられた美しい上半身を惜しげもなくタンクトップの隙間から見せつける異国の男達。

フランスのど田舎で1週間も清く正しく静かに過ごしていたから、悶々としてそんな気がしているという訳ではないの!

4年に一度のLGBTのオリンピックである「Gay Games」が開幕して、世界中のオカマ達1万3千人がパリに集まってるからなのである!!!

オープニングセレモニーが行われる、パリの外れにある競技場に向かう地下鉄に乗り込むと、各国のカラーで身をまとったマッチョな選手たちですでに一杯で、オトコだらけの夏のギューギュー詰めの満員電車に、中年オカマの自分はくらくらしてきて、鼻血ぶー寸前(死語)である。

競技場につくと、選手専用口へ向かう選手たちを横目に、何の競技にも参加しない、過去に体育の授業で赤点をとったこともある自分は、一般席へ・・・。

選手入場がはじまるまで、とりあえず、ビールよ


オリンピックの選手入場は、毎回ギリシャが一番初めと決まっているが、同じようにGay Gamesも、第1回開催地の"サンフランシスコ"が一番初めの入場だ。

各国の選手達が自国のカラーや民族衣装を身にまとい、国を代表して、国のLGBTの人たちを代表して笑顔で歩いている姿をみて思わず涙腺がゆるむ、涙腺も締りの悪くなった中年オカマの自分である。

アメリカやフランスはやはりダントツの参加者数だが、その中で日本や台湾からの選手が少人数ながら胸を張って登場した時には、思わず周り気にせず「がんばって~~!!!」と声ひっくり返しながら叫んだわ。

一方で国によってはは、国名のプラカードこそ登場したものの、入場行進の参加者はゼロ。まだ同性愛が法律で禁じられている国や、同性愛者であることを公にできない社会の国がまだまだあるのだ。


日本の国旗持ってくりゃよかったわ!

ゲイゲームズでの水球の試合は、国ごとではなく都市ごとに行われる。

我がサンフランシスコチームの初回の対戦相手は、花の都パリチーム!

コーチ不在の中、キャプテンに真剣に耳を傾ける
サンフランシスコの選手たち


何をゴールに決めて、何を犠牲にしたの。
(C) Yuming


パリチームを下した後も、1週間の闘いを続け、その結果サンフランシスコは、シルバーメダル! (ゴールドはロサンゼルスに持ってかれたわ・・・!)


試合の後は、皆でセーヌ川沿いでピクニックだよ!

宿の近所のスーパーでワインやチーズ、バゲットにシーフードサラダなどを持ち寄って、セーヌ川を眺めながら、語らう。

青春!

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2018年の今でこそ、こうやってパリという街が市をあげてこのGay Gamesの開催を盛り上げてくれている。

競技参加者も自分のような観戦者も、世界各国からやってきた"仲間達”とゲイであることに胸を張って、堂々と安心して街を歩ける。

100年前のオスカーワイルドの時代を考えたならば、本当にありがたいことなのだ。

セーヌ川が夕焼け色に染まるころ、安ワイン片手にそんなことをしみじみ考えていたら、また涙腺ゆるむ中年オカマ。

もう、ほんとあちこち締り悪くて大変だわ・・・!

オスカーワイルドはこんなオカマだらけのお祭りをみて、
何を思うんだろうね





2018年9月26日

ベルサイユのばらを求めて (4)

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これまでのお話

ベルサイユのばらを求めて (1) - 旅立ち

ベルサイユのばらを求めて (2) - モンサンミッシェル

ベルサイユのばらを求めて (3) - ロワール渓谷

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かもめはかもめ

孔雀や鳩や

ましてや女にはなれない...

かもめの飛ぶ空を眺めていると、思わず研ナオコの「かもめはかもめ」を口ずさんでしまう、典型的な昭和のオカマである。

ロワールから北へ戻り、ノルマンディの港町に来ている。

トゥルーヴィルという小さな港町を拠点にして、パリに戻る前に数日間海辺で静かに過ごす計画だ。

トゥルーヴィルの街はあちこちかもめだらけだ。


砂浜沿いの歩道を歩くと、晩年をここで過ごした
サヴィニャックのポスターがあちこちに見つけられる。


サヴィニャックもやっぱりかもめばっかり描いてる。


オカマが水着に着替えたら


翌日は早起きをして、パン屋でコーヒーとフランスパンを買い込んでから、ここから1時間程車で行ったところにあるエトルタという町の「絶景」の崖とやらを観に向かった。

地球の歩き方によると、画家のモネは好んでその崖を絵画にし、作家のルブランはここを舞台にアルセーヌ・ルパンの物語「奇巌城」を描いたという。

かわいらしいエトルタの港町に入り、小さな小道を車で上っていくと、その「絶景」の崖に到着だ。


確かに、絶景だわ・・・!

海の向こうはイギリスよ。

こういう崖を見ると、火曜サスペンスか土曜ワイドかなんかの、犯行を告白する最後のシーンめいた気分になってくる、典型的な昭和のオカマである。

崖を降りたら、静かな砂浜。

ノルマンディの街を歩くと、はやり魚介の店が目立つ。

元々肉より魚好き中年の自分だが、ずっとフランス飯のこってりしたものばっかり食っていて胃も弱っていたから、あっさりしたシンプルな味付けのノルマンディの魚介料理は特にうれしい。

港町オンフルール


名物のムール貝とフレンチフライ


散歩がてら、魚市場も覗いてみた


生牡蠣はその場で食べさせてもらえるらしい
(旅行中に腹壊すの恐れて我慢したわ!)


このあたりは魚介だけじゃなく、リンゴの生産でも有名だそう。
なので帰りは寄り道して、シードルのテイスティングだよ。

トゥルーヴィルに戻り、海辺のベンチに座って、日の暮れてゆく風景をぼんやり眺めている。

近くには、同じようにベンチに座って、老紳士がひとり静かに読書をしている。

"老後は、こんな海辺の静かな街で毎日海を眺めながら、過ごせたらいいわね・・"

と、まだまだリタイアするには先が長いのに、そんな身なりを整えた素敵な老紳士を見て、ひとり思わず老後を計画しはじめる自分である。

それでなくとも、最近は何かある度に、オカマ仲間とも「幸せな老後とは」を話し合っているのである。

"この辺なら、新鮮な魚介と安くておいしいワインがあるし!"

"しかも、パリまで電車に2時間も乗れば遊びに行けるし!"

"あ、でもフランス語しゃべれないから、ダメじゃん"

"あ、でもリタイアするまでに、少しずつ勉強していったらどうだろ”

と、老後の生活に夢を描く、ノルマンディの夕暮れ時であった・・・。


暮れる夕日の中、現地の少年たちはサッカーを楽しんでいた。


続く









2018年8月31日

ベルサイユのばらを求めて (3)

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これまでのお話

ベルサイユのばらを求めて (1) - 旅立ち

ベルサイユのばらを求めて (2) - モンサンミッシェル

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趣味は何?と聞かれたならば、若い頃は「海外旅行!」などと胸を張って答えていた自分だが、今となっては、旅行に出れるのも年に1、2回。

しかも"地球の歩き方”に頼りっぱなしなのだがら、情けない。

そんな"地球の歩き方"`によると、モンサンミッシェルから、南へ数時間車で行ったところに、ロワール渓谷と呼ばれるワインの産地があるという。

そして、そんな"地球の歩き方"によると、そのロワール渓谷には古城が点在し、なんと古城に宿泊もできるという。

古城というと、なんとも言えぬロマンを抱くのは、ドラクエ世代の性か、あるいは未だ200年ちょいの歴史しかないアメリカという古城の存在しない国に住んでいる故なのか。

中世ヨーロッパの古城に囲まれながら、フランスワインをたらふく飲めるのならば、アル中中年としては、行くしかないじゃないの。

今回の宿は、この城よ! ドラクエIIIかよっ!
(これも"地球の歩き方”に載ってた....)

時差ぼけで早く目覚めたら、城内にあるぶどう畑を歩く。
誰もいない静けさの贅沢さよ。

はやく、大きくな~れ。
あんたきっと美味しいいい男(ワイン)に育つわね。


宿となったマルセイの城から30分弱のところにある、これまた城のワイナリー。
城内でワインテイスティングだよ!ほろ酔いでドラクエ気分。


一方こちらは6世代続いている家族経営のほのぼのしたワイナリー。
うみゃいワインが10ユーロ以下という庶民にもうれしい値段設定。


古い洞窟内に作られたワイナリーも。
流暢な英語を話すハンサムな好青年にサーブしてもらったわ。


ロワール渓谷は、ワインだけではなく、由緒ある城があちこちにあり、渓谷の主要なエリア全体がユネスコの世界遺産に認定されているという。

ワインテイスティングでほろ酔いになったら、TBS「世界遺産」のテーマ曲(Sony提供時代の古いやつ)が脳内で勝手に流れ出してきて、世界遺産、中世ヨーロッパの古城見物となった訳。



フランソワ1世をはじめとする王たちが滞在したというシャンボール城。
内部の中央にある螺旋階段は、ダヴィンチが設計したものらしいわ!


数多くあるロワールの城の中でも、特に自分が好きだったのが、
こちらのシュノンソー城。
女だらけでドラマだらけの城だったらしいわ!!


川辺のアンボワース城を眺めながら、ロワールワインで乾杯。


古城めぐりも、3、4つとこなしていくと、どんなにそれが美しくとも、飽きてくるのは、花より団子、団子より酒の中年の性。

宿に戻って現地のロワール料理でも頂こうか。

わが宿(城)に戻るべく、美しいぶどう畑の道を走る。

ちょいとおされをして、宿の城内にある裏庭でアウトドアディナー。
まずはシャンパンで乾杯(ムフ♡)。

地元の素材を使っているというロワール料理。
野菜がうまい!(ムフフ♡)


ディナーもデザートに差し掛かるころには、空は夕暮れ。
サンフランシスコでみる夕焼けとも、東京でみる夕焼けとも、
ちょっと色合いが違うみたいだ。


ニューヨークやサンフランシスコ、東京やパリのホテルよりも、よっぽど手頃な値段で、こんな夢みたいな憧れの中世の気分を味わえるのだから、やっぱり旅はいいわぁ、としみじみ思う。

日々の現実のストレスを忘れるには、非現実を体験できる旅が、一番の方法なのかもしれない。

だから、40を過ぎた今も、趣味は何?と聞かれたらやっぱり「海外旅行!」と答えるんだろう。



ほんの一時、仕事や人間関係のストレスを忘れて、そんなことをぼんやり思いながら、フランスの柔らかい夕暮れ時の空を眺めていた。



続く







2018年8月23日

ベルサイユのばらを求めて (2)

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これまでのお話

ベルサイユのばらを求めて (1) - 旅立ち

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「死ぬまでに一度は訪れたい場所って、どこ?」

オカマ仲間と飲んでいると、時々そんな話題になる。

「アイスランドの温泉で、裸のオトコ達に囲まれながら、オーロラ見たいわねぇ」

「あたしは、ドイツのロマンチック街道で、ドイツ製"ソーセージ"、むさぼり食いたいわよ」

などと(下品な)夢を見るオカマもいれば、

「四国で八十八箇所巡礼、してみたいわ」

と真面目に答えるオカマもいる。

自分といえば、数年前までは即座に、

「エジプトのピラミッド!」

と答えていたのだが、それも去年の正月についに叶えられ、最近では両手で足りる程度の"死ぬまでに訪れたい場所”リストとなっていた。

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時差ぼけも抜けないまま早朝のパリを出発し、車はフランスの北西に向かって走っている。

その目的地は、長年自分の"死ぬまでに訪れたい場所”の一つであった、「モンサンミッシェル」である。

画像は拝借しました。

以前は、「天空の城ラピュタのモデルとなったって言われてる島なんだっけ?」くらいのイメージしかなかったモンサンミッシェルなのだが、行くと決めてから調べてみると、

大天使ミカエルのお告げで作られた礼拝堂はカトリックの巡礼地となり、百年戦争期には要塞としての役目を果たし、今ではユネスコの世界遺産にも登録されている (C)ウィキペディア

という何だかすごい場所だと知ることとなったのである。

車は途中、ジャンヌダルクの最期の地として知られる古都ルーアンを経由しつつ、パリから合計4時間程高速道路走ると、ついにそのモンサンミッシェルが見えてきた!

しかし・・・・、

あいにくの・・・、

雨・・・。

自分の(勝手な)予定では、上の画像のような夕焼けの空に美しく輝く島が見えてくるはずだったはずなのだがね。

それでも、遠くにその島が見えてくると、いい歳して逸る心で写真撮りまくりの中年観光ばばあ丸出しのあたしよ。

すごいぞ! ラピュタは本当にあったんだ!
(雨ですがね)

車を島外の専用駐車場に止め、そこから無料のシャトルバスで橋を渡り島に入る。


ラピュタにもモンサンミッシェルにも雨は降るわよねぇ、
と自分に言い聞かせつつ。

潮の満ち具合によっては、島全体が水に囲まれ完全な孤島となる、ということだったので、なるべく潮が高くなる日をネットで調べて選んで来たのだけど、雨でそれどころじゃなかったわ。

島内にある宿をとっておいたので、日が沈むのを待ちつつ、観光客の減った静かな島内でとりあえず「モンサンミッシェルビール」を飲んだり、お土産屋で買っておいたポストカードに親へのメッセージを書いたりして過ごす(島内の郵便局から投函できるらしいわ)。

雨が止むまで
モンサンミッシェルのビールで乾杯だよ。

雨が止まないので、ホテルの部屋のテラスで、
パリのスーパーマーケットで買っておいたワインを開けて乾杯だよ。
あたしゃ、モンサンミッシェルに酒を飲みに来たのか。

「修道院を前に、酒ばっか飲んでてもバチがあたるわよね」

と空が暗くなってきた頃に島の外に出て歩く。

ふと振り返ると、ライトに静かに照らされる島の美しさよ!

観光ツアーで来たほうが楽だったかもしれぬが、
夜景をみたくて、島内泊まりにしたのである。

最高のショーだとは思わんかね? (C)ラピュタ

そして、翌朝。

朝一番で島の頂上にある修道院を訪れて、無事にここに来れたことに感謝する。

静かな修道院で、
「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンター気取りの自分。

島内の宿の部屋から外を眺めていると、空がだんだん明るくなってきた!

晴れた!空が!好きです! (C) 南野陽子

昨日の雨とはうってかわって、青空となったモンサンミッシェルを背に、雨が降る日もあれば、いつかはやってくる晴れの日があることを、自分の人生に重ねつつ(乙女!)、生きている間に、あとどれくらい”死ぬまでに訪れたい場所”に訪れることができるのか、考えていた…。



続く!