2015年6月18日

When Summer Comes

「こんなにいい天気なのに、今日は何でそんな地味な格好してるの? 堅いクライアントとミーティング?」

オフィスのドアを開けた側で顔を合わせた新人の女子がきゃっきゃと声をかけてきた。

昨日の夜寝る前、日付が替わってからワンコの一周忌ってことで、ワンコとの昔の写真をセンチメンタルに眺めてたせいか、今日の朝は起きてもなんだかそういう気分で、喪服みたいに黒のパンツと靴に白のシャツで出社しちゃったって訳なのよ。

確かに新人女子の言うとおり、こんなに天気のいい日差しの強い日に一人こんな格好をしてたら、そう思われるのも仕方ない。けど、「飼ってた犬の一周忌でね」、なんて説明するのも億劫で、その場は笑ってやり過ごした。

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そういえば、12年間一緒だったワンコとお別れしたちょうど1年前も、今日と同じ雲ひとつない青空の日だった。

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元気だった頃は、海辺に連れていけば数時間は走り回っていたり、仕事から家に帰ると自分のベッドの上から飛び起きて玄関まで走って出迎えてくれたり、自分がビール片手に枝豆をつまみながらテレビを観ていると枝豆を横取りして食べたり、仕事のストレスや孤独で泣きたい夜は自分の心を読むかのように側に寄り添って頬や手をなめてくれたりした。

だけど、18年という年月の間に、彼女の足腰は少しずつ衰え着実に年をとり、少しずつできないことが増えていった。

亡くなる前数ヶ月間は、目も見えなくなり、食事も殆ど取れず、歩くこともままならず、夜は痛みで泣き続ける日々。病院へ連れていけば、老化で手術も難しいといわれ、「Quality of Life」という安易な言葉で「安楽死」の選択肢を提示される。

人間と同じで犬も自分の家族なのに、安楽死なんて選択は絶対ありえない!

犬を飼う前は、ペットに対してこんな強い感情を持つなんて思いもしなかった。とにかく失うのが怖くて、元気になることを信じて、ネットで"老犬介護"や老犬によい薬・サプリを片っ端から調べたり、病院に連れて点滴を打ったり、入院させたり。



でも、結局「安楽死」を選んだ。

心優しい友達や医者はワンコのために正しい選択をしたと言ってくれる。だけどそれは本当に辛い思いをしているワンコのためだったのか。それは本当にワンコが望んでいたことなのか。亡くなる前日に、プラスチック容器から水を口に流しこんでやったとき、首を動かすことも殆どしなくなってたワンコが、突然プラスチック容器を歯型が残るくらい強い力でくわえようとしたのは、まだ生きたいというサインではなかったのか。

本当に正しい選択だったのか分からない。今でも思い出しては後悔するし、これからも後悔し続けると思う。

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病院ではなく、住み慣れた家で逝かせてあげたかったので、動物医の友達に頼んだ。

準備に時間が必要というので、元気だったときよく行った海岸に連れていった。雲ひとつない青空だった。ワンコを抱きかかえて海辺に近づくと、潮風の臭いが分かったのか、目をうっすら開けて遠くの海をみていた。そしたら、突然抱きかかえてる側からオシッコを垂れ流しはじめるワンコ。そういえば昔から潮風を嗅ぐとトイレに行きたがるくせがあったんだ。自分のパンツも靴も濡れていったけど、それもそのまま自由にさせてあげた。

家に帰り、友達の動物医が来て、最期のお別れ。彼女が好きだったピアノ曲、Oscar Peterson Trioの「When Summer Comes」を流しながら、好物のグリーニーやら煮干やらを枕元において、最期にお別れの感謝を伝えて…あとは大声で泣いたことしか覚えてないや。

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一緒にいた12年を今振り返れば、本当に彼女から色々なことを学んだと思う。

次の日からは仕事でニューヨーク出張。出張の間もクライアントの前でもボロボロで、悲しくてしょうがなかった。女優ぶっこいて(ブス)、ニューヨークの街中を泣きながら歩いたり、ワンコが居なくなった今もうアメリカに残ってる理由もない!日本帰る!なんて考えてたり。

でも、時間が少しずつそんな喪失感を和らげていってくれた。今じゃ、「この1年でこんなに太っちゃったのは、毎日の散歩がなくなったせいよ!」とワンコのせいにするくらいの余裕もある。

今も当時ワンコと毎日歩いた道を行く機会があると、ふとあの頃を思い出して涙することもあるけど、それは楽しかった時の思い出の涙で、絶望的な喪失感の涙ではない。

彼女が教えてくれた一番のことは、「悲しみは続かない」ということなのかも知れない。これから先も、またなんだか色々あって悲しんだり落ち込んだりすると思うけど、ワンコから教えてもらったことがきっと助けてくれる、と思う。

ありがとう、Fergie!





2015年6月8日

苦い日々の意味も ひたむきならばやさしい昨日になる

ワシントンDCからサンフランシスコへ戻る機内で、窓から雲の下に見える小さな街々を見下ろしながら、耳ではユーミンの「ANNIVERSARY」を聴きながら、昨日の友人の結婚式を思い出している。

日本にいた頃の上司の東京のホテルでの式も、国際結婚した女友達のナパのワイナリーでの式も、ヒゲマッチョの男同士の海の見えるレストランでの式も、妹のかわいらしい手作り横浜での式も、新郎新婦の緊張と幸せが混ざった顔を見ていると、その瞬間にいられることを心から嬉しく思う。新郎新婦やご両親が涙を流してるのを見ると自分も泣けてくる。ってか自分は未だ結婚の予定なしの独身ご祝儀貧乏なんだけど…。

今回の結婚式はDCからタクシーで北に30分ほど行ったメリーランドの森の中にある小さなロッジだった。

新郎側も新婦側も大家族で、親が離婚したり再婚したり連れ子いたりその従兄弟いたりで、参加者の誰が誰だか覚えるのも大変。離婚率の高いと言われるアメリカじゃこれも当たり前のことなのかもしれない。

この年になると、友達関係も仕事も何事も、ずっと変わらず続けていくのは難しいこともある、ということは経験則で分かっている。結婚だって、絶対この人だって決めて結婚して、続けてみたら少しずつ自分も環境も変化して、結果離婚するのはしょうがないことかもしれない。

でもその一方で永く続くものもある。この二人も末長く幸せでいて欲しいと思う。

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カリフォルニア州や他の多くの州で同性同士の結婚が認められるようになって数年。自分の周りでも「同性婚」が多く聞かれて他人事ながら嬉しい限り

友人の中には、ビザの問題でグリーンカード取得をサポートしてくれる雇用先がなかったら日本に帰国しなきゃいけなかったけど、同性婚が認められたおかげで、永く付き合っていたアメリカ人の彼と結婚して、その後もここに残って暮らせている人もいる。逆に認められる前は移民法の関係で離れ離れになったカップルも大勢見てきたから、オカマ友達とは「これも運命なのね〜」なんて複雑な気持ちになってるけど。

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森の中の結婚式は、前日のリハーサルディナー中の突然の大雨も嘘だったみたいに、雲ひとつない青空の中、虫刺されはひどかったけど、歌あり踊りありのリラックスした雰囲気の中行われ、笑顔あふれる素敵な式だった。

明日を信じてる あなたがそばにいる ありふれた朝でも 私には記念日
青春を渡って あなたとここにいる 遠い列車に乗る 今日の日が記念日

改めてユーミンいいなー、って式の間もこの曲が頭の中でループしてた。

っつーか、一体自分にこんな式をあげられる日は来るの? それともいい加減、そろそろ覚悟して諦めるべきなの?!