2017年12月28日

やさしさで溢れるように

サンフランシスコ国際空港で、搭乗前に酒を一杯引っ掛けながら、この1年を振り返っている。

エジプトのナイル川で仲間と年を越し、アメリカに戻ってからは仕事でばたばたしているうちに、気がつけば40を迎えていた。

40になっても日々の小さなことで一喜一憂しているのは変わらないが、まだまだ死なずに元気にやれている。(あの台湾人青年の「先輩、40歳で亡くなります!」宣言は、なんだったのかすら?!

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携帯のお気に入りに入れている、自分がよく読むブログのひとつに、東京の外苑前に住むゲイのサラリーマンの方が書かれているものがある。

東京で学生をしていた頃に自分も憧れていた広告代理店で働きながら、彼氏さんとの日々の生活を綴っているもので、自分も学生時代は外苑前でバイトをしていたので、勝手に親近感を覚えて愛読している。

その彼が以前、

”『ありがとう』と5万回口にしたら、人生が変わる”

と書いていた。

2017年は、「笑顔を心がける」を目標にしていたが、

2018年は、自分も「ありがとう」を相手に伝えるのを目標にしよう、と思う。

- いつも飲み相手、相談相手になってくれる友達に、「ありがとう」

- 夜残業して仕事を終えてくれた職場の若手に、「ありがとう」

- 朝早くからバスを運転してくれる運転手さんに、「ありがとう」

- 仕事でピンチのときにいつも手を差し伸べてくれる上司に、「ありがとう」

- 長年付き合いを続けてくれているクライアントに、「ありがとう」

- 丁寧で気持ちのよいサービスをしてくれる日本航空のFAさんに、「ありがとう」

- このオカマの独り言ブログを読んでくれている方々に、「ありがとう」

- うまれてからこの年まで見守ってくれている家族に、「ありがとう」

簡単そうで口に出すのは難しそうだが、伝えられる時にしか伝えられない言葉。

5万回口にしたら、ほんとに人生変えちゃう夏かもね? (C)西田ひかる (なんのこっちゃ)

などと期待もしつつ・・・。

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とりあえず、なんとか平穏無事に終えられそうな2017年に、ありがとう、だ。

そして、2018年も家族、友達、自分自身が健康に平穏で過ごしていけますように!




2017年12月24日

Call Me By Your Name (君の名前で僕を呼んで)

毎年のことだがこの時期になると、

聖子の「恋人がサンタクロース」、中山美穂の「遠い街のどこかで・・・」、辛島美登里の「サイレントイブ」などといった曲ばかりを聴いている、典型的なオカマの自分。

それに今年は明菜の「Merry Xmas」や安室奈美恵の「Christmas Wish」といった新譜を加えて、毎朝通勤の地下鉄で密かにひとりホリデー気分を盛り上げている。

そんな曲たちをしゃんしゃん言わせながら、

"日本に帰る前に家族へのお土産買わなきゃ。今回は何にしよ・・・"

などと頭を悩ませていると、

「39歳のクリスマス、おひとりさまだわ、あたい。どうしよう!」

東京に住む大学同期のオカマK子から切実なLINEが届いた。

"確か今年の夏頃は、20歳くらいの韓流アイドルのような若い子や、30代前半の実家通勤のおぼっちゃまとデートしてたわよね・・・"

などと、K子から毎日のように届いていた報告を思い出したが、どうやら彼らとはうまくいかなかったようだ。

あまりにも元気がないようなので、

「あんた見た目若いんだから大丈夫! まだ間に合う! パーティでもハッテン場でも繰り出して、あんた好みの年下オトコ見つけてくんのよ!」

と発破をかけたが、

「もうどこいっても、ブスとデブとババアしかいない!」

と拗ねるK子。

「ねぇ、あんたもあたしも、もう40。ババアなのはあたしたちだよ。」

と厳しく返したら、その後返事来なかったわ。

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年末スケジュールで仕事がばたばたしてる中、合間を縫って今日は久々に映画を観てきた。

「Call Me By Your Name」

この時期になると、オスカー候補と言われる映画たちがばたばたと公開されるが、この映画もそのひとつ。

夏のイタリアの田舎町を舞台に、17歳の少年とアメリカの大学から短期滞在でやってきた青年の、静かなほろ苦い青春の物語だった。

イタリアの風景も美しかったけど、それよりも若い彼らの裸にばかり目がいっちゃうのは、やっぱり自分もババアになったって証拠な訳で・・・。

美しいイタリアの景色がよい
(C) Sony Pictures Classics

プーランクの即興曲「エディットピアフと讃えて」を弾く彼もよい

オリバー青年役のアーミー・ハマー(左)の裸がよい!
(続編が楽しみ!)








2017年12月20日

今年の冬も僕には

「今年の年末どうするの? うちらは日本行くよ!」

去年の年末にエジプトを一緒に旅した、LAに住むゲイカップルの2人から、LINEメッセージが入った。

仕事やら何やらでバタバタしていて、年末の休暇の予定など計画もしていなかった自分だから、

「日本いいな~ 温泉とか入りたいよね~」

と曖昧に返事をした。

すると、同時に今度は近所に住む日本人アーティストのK哉から

「ねぇねぇ、年末年始どこいくの~? 僕は日本だよ~!」

と、またまた携帯にメッセージが入った。

同じく近所に住むゲイ友達のK冶も今年の年末は日本と言っていたし、エジプト旅行のもう片割れのK子も今年は海外旅行せずに東京に残ると言っていたし、今回の冬はどうやら日本で過ごす仲間が多いようなのだ。

そんな仲間達に触発されて、

"最後に親に顔見せたのも、おじいちゃんの法事があった去年の夏だから、もう1年半以上前・・・。

確かに、久々にクリスマスに日本に帰るのもいいかもしれないわね・・・"

などと独りごち、参考までにと日本航空のサイトで航空券の値段をチェックしてみると、

"サンフランシスコ12月発の便は、

どの日も2000ドル(20万円)超って?!"

いつも休暇で日本に帰るときは、仕事のスケジュールの関係で1月の半ばのホリデーシーズンも落ち着いた頃だったので、せいぜいこの半分の1000ドルとか1200ドルとかだったもんだから、その倍近くとなると、思わず考えちゃうしがないサラリーマンの自分よ。

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今年の夏くらいからか、数ヶ月に1度のペースで、サンフランシスコの金融街で働くサラリーマンゲイの方達と一緒に、「ダウンタウンの会」という名の飲み会に参加している自分である。

サンフランシスコのダウンタウンの飲み屋で、ソーセージや焼き鳥を頬張りながら、

仕事の話はもちろんのこと、日々の生活のこと、そして男のことと、話題は尽きないのだが、

そのうちの一人から、

「日本に帰る旅費? ここ数年間一切航空券やホテルにお金使ってないですよ?」

とびっくり発言が飛び出したわよ。

詳細を聞いてみると、どうやら各航空会社のマイレジやポイントをうまくやりくりしているようなのだ。

自分も若かった頃は、「スターアライアンスでマイレジ貯めて、プレミアムステータスめざすわ!」

などと、マイレジ集めに奔走していたが、

今では、日本に帰る時はJAL、仕事はユナイテッド(仕方なく...)と、アライアンスもばらばらでマイル集めなど、気にもしていなかったのだ。

でも、この時期日本帰るのに20万円かかるところ、マイルでただ行けたらいいわよねぇ、

と久々に自分の日本航空のマイル残高をネットで確認してみると、

ん?!

このマイル残高で、

日本、

帰れちゃう?

「はい。お客様のマイレージ残高ですと、サンフランシスコー羽田間の往復チケットがご購入頂けます」

と、アメリカじゃありえないくらい丁寧なJALのカスタマーサービスにも確認とれたわ。

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という訳で、

今年の年末年始は、久々の冬の日本に決定だ。


つづく!




2017年12月5日

色褪せたいつかのメリークリスマス

残業を終えて家に辿りついたら、着替えるのも面倒でそのままキッチンへ向かい、数日前の残り物の赤ワインをグラスに注いで、椅子に腰掛けた。

今年も気がつけば、あっという間に師走を迎え、窓の外のサンフランシスコの街も、あちこちにホリデー気分の電飾たちが輝いている。

ふと、もう大分前にこの街を去って日本に帰っていった、H男のことを思いだしていた。

格闘技をやって日々身体を鍛えていた彼は、見た目はガタイのよい厳つい男だが、実は内面はアニメとゲーム大好きの乙女(ゲイ)で、

当時はこのサンフランシスコで、毎日のように一緒にジムに行ったり、仕事の帰りに居酒屋で酒をくらいながら人生相談をしたりしていたのだ。

彼が日本に帰ってからも、毎日LINE等で連絡を取り合って、自分が日本に戻ったときには、京都に一緒に旅行したりした。

傍からみたら、「あんたたち、付き合ってんじゃないの?ほんとは?」などと、冗談で言われたものだが、

お互い恋愛感情は一切なく、とにかく何でも話せる(オタクな話も、マジメな話も)仲だったのだ。

だがある時、自分が彼に対して傷つくことを言ったのか、ひどい態度をとってしまったのか、

「もうあんた、連絡してこないで」

と、メッセージが入り、

今までの親友関係は一瞬にしてなくなってしまったのである。

それ以来、もう何年も連絡がとれないけれど、

この時期になると、彼が

「ねえ、クリスマスだから、ケンタッキー買ってドロレスパークで食べようよ」

と楽しそうに言っていた頃を思い出す。

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"大阪市長がサンフランシスコ市との姉妹都市解消を宣言"

と日本のニュースを目にした時、とても悲しくなった。

サンフランシスコのメディアではこの件は殆ど話題にもなっていないが、酒を飲みながら、いつものアメリカ人友達に真面目に感想を聞いてみると、

「日本が”姉妹都市関係解消だ!”なんて叫んでも、傍から見たら、自国のプライドばかりが浮き彫りになって、人権・女性軽視の国にしか見えないけどね」

「慰安婦像の設立って、別に今の日本を批判してるんじゃなくて、ナチスのホロコーストも又然り、当時そういうことがありました、それを忘れずにいましょうっていうためのものでしょ。大阪の行動は稚拙。」

と厳しい答えが返ってきた。

今の仕事に就く前に、サンフランシスコの日本街に近いところでアルバイトのようなことをしていたのだが、

60年以上も前から、長い時間をかけて、この街に住む、日本人を親に持つ日系人と、日本からこちらにやってきた日本人の人々の尽力で、サンフランシスコと大阪(アメリカと日本)の、お互いを尊重しあった文化交流関係が築かれてきたことを、日々ひしひしと感じていた。

友達関係も、姉妹都市関係も、一日二日で簡単にできるものではない。

長い時間をかけて、土台から一日一日積み上げられて作られる関係だ。

でも、それが崩れるのは一瞬なのだ。

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今年の我が社のホリデーパーティは、サンフランシスコ市庁舎で行われた。

ワインを片手に、若手も重鎮もスーツにドレスを纏って、今年一年を振り返る。

市庁舎の中央の階段上部には、サンフランシスコ市が設置した大きな真っ白な装飾のクリスマスツリーがあり、若手はカップルで写真を撮るのに列をなしている。

中年オカマのあたしも、よっこらしょと階段を登ってツリーに近づいてみる。

ツリーに飾られていた真っ白な装飾は、

近くでみると、

すべて日本の折り鶴だった・・・。