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家路

昨日で仕事も一段落し、今日は朝からだらだらと家で過ごしている。 前に書いた「 毎日キャベツ食べて健康になる! 」も「 週に3回ジムに通う! 」も、気がつけば全くこなせてない自分だけど、「仕事だったから、しょうがないの~!」と自分に言い聞かせ、昼間からベランダでぼーっとして過ごしている。 携帯からは中孝介君の「家路」の歌声。 LAに住む友達が、遥々バンクーバーまで行って、彼のライブを聴いてきたっていうから、自分も孝介君モードなのよ。 --------------------------------------------- 熊本地震の第一報を知ったのは、朝起きてベッドの中で読んだニュースからだった。 同じサンフランシスコに住むM子ちゃんの実家も、オカマ友達のK治の実家も、熊本だったじゃないの!とベッドから飛び起きて、テキストで2人の実家の無事を確認する。 どちらもけが人もなく無事ということでその場はとりあえず安心したけれど、今も自分がこうしてだらだらと過ごしてる中、怪我をした人や亡くなった人がいて、今も余震に心配しながら避難所で生活をしている人がいる。 今、自分ができることは、ネットで 熊本地震指定で募金をできるサイト を探して、わずかな支援をするだけだ。小さい募金だけれど、避難生活をしている人のためにおにぎりや豚汁の炊き出しをしているボランティアの活動のサポートになれればと思う。 ---------------------------------------------- この地震をうけて、K冶が「熊本の家族が大変な状況にいるのに、こんなに離れて住んでいるとすぐに駆けつけることもできない」とフェイスブックにコメントを載せていた。 彼と同じで、自分も日本を離れて住んでいると、いつもそのことが気がかりなのだ。もし家族が病気をしたら、怪我をしたら、今回のような災害にあったら。 K冶のコメントの続きには「『あんたはなにも心配しなくても、こっちはみんな大丈夫だよ』と家族が言ってくれた」と、書いてあり、思わず読んでいて涙がでた。自分の家族もいつも自分に心配かけまいと、「元気でやってるかい~?こっちは元気だよ~!」と言ってくれている。 今、自分がそんな家族にできることは、自分も元気にやっている、そして、いつもありがとうと、日々伝える

めぐり来る季節ごとにこの手からこぼれ落ちるもの

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「繁忙期終わったら、みんなで休みとってヨセミテにキャンプ行こうよ!」 「久々に実家のフィラデルフィア戻って、地元の仲間に会いに行こうかな」 「昼間から球場でビール飲みながら、ジャイアンツの試合観たい!」 あと数週間で終わる繁忙期の最中に、若手のスタッフたちがわいわい騒いでいるのを遠くに聞きながら、自分は机に向かってお見舞いのカードを書いている。いつもぎゃあぎゃあ一緒にやっていた同い年の日本人の同僚女子が、乳がんの手術で明日から地元の大学病院に入院するのだ。 幸い、ステージ1より手前の段階ということで、本人も自分たちの前では今まで通り馬鹿騒ぎしながら、「笑うと"細胞"にいいっていうから、最近はネットで日本のお笑いばっかみてんのよ!あたし!ぎゃっは!」なんて、元気に振舞っていたけれど、きっと不安でたまらないだろう。 彼女の入院と前後して、日本人上司が倒れて昏睡状態にあるという知らせを受けた。直接この上司とやりとりをしたのはほんの数回だけれど、真面目に細かく部下の仕事をチェックしてくれる頼もしい上司だった。 「確かに朝から晩まで、週末も休まないであれだけ寝ないで働いてたらぶっ倒れるよ」というのが、日本人の同僚の一致した意見だったけれど、"過労"という概念がないこの国では、それを理解するのは日本人だけなのかもしれない。 今は、若手のスタッフに「まだ若いあんたたちにはそれほど縁のない話だわよね」なんて横目で無言の視線を送りながら、こうやってお見舞いのカードを書いて、同僚女子にもこの上司にも、どうか元気になってまた戻ってきてください、と祈るだけだ。 ----------------------------------------------- 4月に入り、朝、うるさいほどの鳥たちのさえずりを聞きながら、家からバス停へ向かって歩いていると、小道の花の香りが強くなってきたことに気づく。 どんなに仕事が忙しくても、そういったことに気づいて、それを愛でるくらいの心に余裕がある自分でいたいと思う。 この業界に入って大分長くなり、ここ数年は、上司から「上にあがって部下を仕切る立場になって欲しい」と言われ続けている。ありがたいことだけど、なんとかその場をごまかしながら断り続けている自分。 より重い責任を背負うこ