2017年12月5日

色褪せたいつかのメリークリスマス

残業を終えて家に辿りついたら、着替えるのも面倒でそのままキッチンへ向かい、数日前の残り物の赤ワインをグラスに注いで、椅子に腰掛けた。

今年も気がつけば、あっという間に師走を迎え、窓の外のサンフランシスコの街も、あちこちにホリデー気分の電飾たちが輝いている。

ふと、もう大分前にこの街を去って日本に帰っていった、H男のことを思いだしていた。

格闘技をやって日々身体を鍛えていた彼は、見た目はガタイのよい厳つい男だが、実は内面はアニメとゲーム大好きの乙女(ゲイ)で、

当時はこのサンフランシスコで、毎日のように一緒にジムに行ったり、仕事の帰りに居酒屋で酒をくらいながら人生相談をしたりしていたのだ。

彼が日本に帰ってからも、毎日LINE等で連絡を取り合って、自分が日本に戻ったときには、京都に一緒に旅行したりした。

傍からみたら、「あんたたち、付き合ってんじゃないの?ほんとは?」などと、冗談で言われたものだが、

お互い恋愛感情は一切なく、とにかく何でも話せる(オタクな話も、マジメな話も)仲だったのだ。

だがある時、自分が彼に対して傷つくことを言ったのか、ひどい態度をとってしまったのか、

「もうあんた、連絡してこないで」

と、メッセージが入り、

今までの親友関係は一瞬にしてなくなってしまったのである。

それ以来、もう何年も連絡がとれないけれど、

この時期になると、彼が

「ねえ、クリスマスだから、ケンタッキー買ってドロレスパークで食べようよ」

と楽しそうに言っていた頃を思い出す。

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"大阪市長がサンフランシスコ市との姉妹都市解消を宣言"

と日本のニュースを目にした時、とても悲しくなった。

サンフランシスコのメディアではこの件は殆ど話題にもなっていないが、酒を飲みながら、いつものアメリカ人友達に真面目に感想を聞いてみると、

「日本が”姉妹都市関係解消だ!”なんて叫んでも、傍から見たら、自国のプライドばかりが浮き彫りになって、人権・女性軽視の国にしか見えないけどね」

「慰安婦像の設立って、別に今の日本を批判してるんじゃなくて、ナチスのホロコーストも又然り、当時そういうことがありました、それを忘れずにいましょうっていうためのものでしょ。大阪の行動は稚拙。」

と厳しい答えが返ってきた。

今の仕事に就く前に、サンフランシスコの日本街に近いところでアルバイトのようなことをしていたのだが、

60年以上も前から、長い時間をかけて、この街に住む、日本人を親に持つ日系人と、日本からこちらにやってきた日本人の人々の尽力で、サンフランシスコと大阪(アメリカと日本)の、お互いを尊重しあった文化交流関係が築かれてきたことを、日々ひしひしと感じていた。

友達関係も、姉妹都市関係も、一日二日で簡単にできるものではない。

長い時間をかけて、土台から一日一日積み上げられて作られる関係だ。

でも、それが崩れるのは一瞬なのだ。

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今年の我が社のホリデーパーティは、サンフランシスコ市庁舎で行われた。

ワインを片手に、若手も重鎮もスーツにドレスを纏って、今年一年を振り返る。

市庁舎の中央の階段上部には、サンフランシスコ市が設置した大きな真っ白な装飾のクリスマスツリーがあり、若手はカップルで写真を撮るのに列をなしている。

中年オカマのあたしも、よっこらしょと階段を登ってツリーに近づいてみる。

ツリーに飾られていた真っ白な装飾は、

近くでみると、

すべて日本の折り鶴だった・・・。













1 件のコメント:

  1. ちょうど日本にいた時にこの大阪姉妹都市解消のニュースが出てきましたので、たくさんの人にいろいろ意見を聞かれましたが、何と言っていいものかと両サイドの言いたいこともわかるので返答に困りました。長年培った関係ですし、あっさりと解消するよりも、もっとじっくりと時間をかけて話し合うべきだったような気がします。

    あと~「もうあんた、連絡してこないで」という状況。僕も経験があります。自分としたら何もそんなにひどいことを言っていなかったと確信できますが、そういわれて長い間の友人関係があっさりと解消されて困惑を隠しくれませんでした。後になって考えるともしかしたら、相手方にはそれなりのこちらに対する見方の中に嫉妬や自分の中の葛藤がありそれがちょっとしたことで噴出して、怒りとなってこちらに向かってしまったのかもしれないとも考えるようになりました。いずれにしても、僕にとってはいまだに不可解でトラウマ的な出来事であったことは間違いありません(涙)。

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