心の鍵を壊されても 失くせないものがある

仕事の繁忙期の山をやっと越えて、久しぶりにゆっくりと週末を過ごしている。

歯を磨きながら久しぶりにしっかりと鏡を覗くと、髪も髭も伸び切り、くまが目立つ肌も荒れ果て、目じりのしわもほうれい線も一段と深くなった、中年オカマの顔があった。

ーこの、新宿2丁目で始発電車を待つ、場末のオカマは誰ぞや?

ー嘘・・・。これが、本物のあたし・・・?

ーひゃだ、こんなのいつものあたしじゃない・・・

と鏡の前で人知れず一人芝居をうつも、ここ数か月、特にこの数週間は毎日2、3時間睡眠という生活だったから、こんな荒れ果てた枯れた砂漠のような顔をしていても、驚くことではなかったのだった。

せめて髪でも切りに行って若返らなきゃだわ、と数週間ぶりに家の外に出て、歩いて近所の床屋に向かうことにする。

「いらっしゃい~! 生きてた?」

床屋のドアを開けると、いつものベトナム出身のお兄さん(おネエさん)が迎えてくれた。

「昨日まで仕事で死んでたわよ」

とチェアに腰掛けながら答えると、大変だったねぇ、と鏡越しにうつった寝不足で顔色の悪い自分の顔を見ながら、肩を優しくなでてくれたのだった。

日々ジムで身体を鍛え、いつも身体にぴったりとフィットした自作の服(衣装?)を纏っている優しいおネエさんである。

「今日の衣装も素敵だね。自分で作ったんでしょ?」

と問うと、

「もちのろんよ。ほら、マスクも同じ柄の生地で合わせてあるんだから。」

と髪を切っていたハサミを一旦おいて、ファッションモデルのようなポーズをとって、答えてくれた。

仕事中に次はどんな衣装を作ろうかと考えて、仕事がない日に好きな音楽をかけながら、ミシンをかける時間がとても幸せなのだという。

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床屋で髪をきれいにしてもらい、また歩いて家へ向かう。

歩きながら横目で店のショーウィンドウにうつった自分の姿をみると、顔はまだ疲れているが短く整えてもらった髪のおかげで、少しは若返っただろうか。

普段から肌寒い秋のサンフランシスコの日にしては、暖かい日で頬をふれる優しい風と日差しが気持ちよい。

もう何週間も外に出ていなかったから、そんなすべてが久しぶりで久々に生きた心地がしている。

一日中、飯やトイレに行く時間もないほど、ずっとコンピュータの前にすわり、ストレスにされされながら仕事をしていると、心も体も病んでいくのがわかる。

同年代の同僚とも、こんな生活を続けていたら病気になる、と愚痴りながらなんとかぎりぎりのところで今回も繁忙期を乗り切ったのである。

繁忙期でバタバタとしていたとき、シンガポールに住む、自分より数歳年下の日本人の友人がステージ4の癌で治療をすることになったと知らせが入った。

すると矢継ぎ早に、横浜に住む中学の時の部活仲間も大きな病気をして入院したと、同じ部活仲間から連絡があった。

40を過ぎて回りでもそういった話が増えてきている。

"自分達だって、彼らのようにいつ大きな病気をするかも知れない"

"だとしたら、毎日好きでもない仕事だけのために生きてていいのかしら…"

"こんな仕事辞めたいけど、生活していくには稼がにゃならんし、いざという時の健康保険も必要だし..."

と自問自答を繰り返してる。

ふと、先の床屋のお兄さん(おネエさん!)を思い出す。

人の目など気にせず自分の着たい服を着て、休みの日にはワクワクしながら好きなミシン掛けをして過ごし、

「今日は仕事のあと、日本町の抹茶のアイスクリームのパフェ食べにいくのが楽しみなの~! あんた、あそこの食べたことある?」

と、まるで子供のように目を輝かせながら-たしか自分より5歳くらい年上だったはずだがー、話しをしていた。

はて、自分が彼のようにこんなにワクワクする気持ちになったのは、いつだっただろうか。

「ねぇ、うちらって働くために生きてるの? 生きるために働いてるの?」

と以前、同じく仕事で疲れ果てた同年代ゲイのK枝が、電話越しに叫んでいたのを思い出していたー。


何年も前に友人達といったエジプトのナイル川は、ワクワクしたなぁ
(旅行に行くのが趣味などと以前はよく言っていたが、
ここ何年は旅行に行くのは、ワクワクというよりは
仕事の日々で疲れ果てた心身を癒しに行くのが目的で
ワクワクを感じた覚えがないよな)

病と闘っている友人達が、元気になりますように!








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