投稿

ラベル(乙女関係)が付いた投稿を表示しています

うつむかず生きるために

イメージ
毎日、コロナ禍の運動不足解消にと、仕事の合間にポッドキャストやラジオを聴きながら、散歩をしている。 そんなポッドキャストやラジオ番組の中でも、特に人生相談系を好んで聞いているのだが、今日はそれを歩きながら聴いていて、突然涙があふれ出て止まらなくなったのであった。 若き美しき青年が涙を流していたのならともかく、四十過ぎのおっさん(あたし...)が歩きながら、ひっくひっくと泣いているのは、映像的にもキツいわな。 すれ違ったジョギング中のおばちゃんには不思議顔をされるし、あるいは、すれ違った若いオカマには、"いい年をしたオカマがなんかドラマをやらかしたか?"くらいに、失笑されたような気もする(自意識過剰!)。 さて、その 中年オカマを泣かせた人生相談 というのは、日本の15歳の少年からのお便りであった。 「自分がゲイであることを、親から否定されている」 「孫の顔が見たかった、と言われる」 「認められず苦しくて、涙が止まらない」 「もう死にたい」 そんな相談内容のお便りで、まだ中学生のその少年の心の傷と苦しみを思うと、自分自身の悩める思春期を振り返ってか、あるいは今も心のどこかにある自分の親への申し訳なさが重なったからなのか、中年ゲイの自分も涙せずにいられなかったのであった・・・。 さて、その翌週。 そのポッドキャスト番組には、その15歳の少年の悩みのお便りに対し、リスナーからたくさんの応援メッセージが届いたということで、そのいくつかを紹介していた。 東京に住む会社員や大学生、ニュージーランドのレズビアンの娘を持つ母親の方、スペインに住むトランスジェンダー(MtF)の方等など、日本国内外の人々から、 「同じような辛い経験をしました」 「親に理解してもらえなくても、これからあなたを受け入れてくれる人と絶対に出会えるから」 「今は辛くても、あと数年もして社会に出たら、もっと自由になれるからね」 「今はパートナーを見つけて、幸せに暮らしています」 「だから死なないで!」 と、お互い顔も知らぬ間で、15歳の少年への、彼ら自身の経験を踏まえた心強い応援メッセージだったのだ。 そして、それをまた散歩中に聴いていたもんだから、また思わず涙する中年オカマだよ(涙腺弱すぎて)。 ーーーーーーーーーーー 自分がアメリカに住み始めた頃、或いは今でも、ゲイの仲間たちと酒を飲んで...

秋の鍋と切なさと心強さと

イメージ
 一年中、変わらぬ気候と言われるサンフランシスコの街も、春には少し暖かくなり桜や梅のようなピンク色の花を咲かせ、秋には落ち葉が舞う季節となる。 そんな11月の半ば、だいぶ寒い日が続いていたので、近所に住む年下ゲイのH君と、 「みんなで集まって、いつか鍋でもしようか?」 などと話していたところ、ちょうど皆仕事も落ち着いているしと、この週末の土曜日にH君の家に食べ物やら酒やらを持ち寄って、日本人ゲイ4人での鍋大会となったのだった。 年頃の(?)オカマが集まって、話すことと言ったら、 「明日、年下のアメリカ人男と映画デートなんだけど、全然ときめかない。キャンセルすべき?」 「それより、K枝。あんたの出会い系アプリのプロフィール、年齢詐称疑惑はどうなった」 「H君、鍋のスープ、出汁がきいててほんとうに美味しい。大根もちゃんと面取りしてるし。料理できるオンナ、アピール?」 「料理といえば、"きのう何食べた?"のシロさんとケンジみたいな恋愛がしたいよぉ」 「コロナ入ってから、マッサージ行ってないわー。誰かに揉まれたい・・・!」 「来月はじめに、Sex and the Cityの続編はじまるって! サマンサ出ないのは哀しいけど、やっぱり観るわよね」 「あたしとH君は、ミランダ。K枝とKちゃんは、シャーロットだわね。ってか、キャリーとサマンサいないと、話がはじまらないじゃん」 などと、日本酒の久保田を注いだグラス片手に、豚肉と魚介に野菜一杯の鍋をつつきつつ、皆いい年しながら、わいわい、きゃっきゃっと話題があちこちとっ散らかりながら、下らない話で土曜の夜は更けてゆく。 Sex and the Cityといえば、続編のAnd Just Like That...の来月公開を前に、主演のサラ・ジェシカ・パーカーがVogue誌で、彼女の白髪や顔のしわなど年を重ねた姿に対して、"劣化した" "老けた"などと言った、世間の中傷・批判に対して反論しているという。 自分も今朝行ったいつもの床屋で、切ってもらった髪の毛が黒い床に落ちるたびに、数年前なら気づくこともなかった白髪の多さに、思わず言葉を失い切なくなる。 「ねぇ、あんたほんと、顔のしわ増えたよね」 「しわもそうだけど、白髪も増えて、髪のボリュームもだいぶ減ってさぁ。ハゲ薬は一応、飲ん...

守ってあげたい あなたを苦しめる全てのことから

イメージ
外出規制がはじまってから、1か月以上が経とうとしているのに、未だにこの生活に慣れぬ自分である。 寝る前に、明日の朝起きれば、 「やだ~。とんでもない悪い夢みてた! パニック映画みたいなやつ!」 と普通の生活のできる世界に戻っていることを願うが、翌朝目を覚まして携帯を覗けば、コロナ関連のニュースであふれ、これが夢でないことを改めて知るのである。 それでも、朝は来るし、腹は減るし、やらねばならぬ仕事もあるし(このご時世、仕事があるだけでもありがたい・・・)、日々は過ぎてゆく。 家に1日中籠って、暗く悲しいニュースばかりを目にしていると、心が鬱々としてくるので、意識して他のことに注意を向けるようにしている。 YouTubeで 清水みっちゃんのモノマネ やら 志村けんさんのコント 動画を観たり、 埃をかぶっていた任天堂Switchをひっぱりだしてきて、流行りの「どうぶつの森」をはじめたり、 ネットのレシピ見様見真似で、パンを焼いてみたり(大失敗したがね・・)、 東京に住む長年のオカマ友達たちと、オンライン飲み会をしたり・・・。 (それでも、酒の消費量は確実に増えてるわ!) ------------------ 土曜日の朝。 昨年末に東京で行われた、LGBTQ支援音楽イベントが、 YouTubeで無料公開 されているというので、酒を片手に鑑賞することにする。 松任谷由実やMISIA、前述の清水ミチコも登場するというから、行けるものなら東京まで観に行きたかったものだから、海外からもこうやってネットで見れるというのは嬉しい。 中には当事者の清貴氏やドラアグのパフォーマンスがあったり、清水みっちゃんの手紙の朗読やらモノマネがあったりと、盛沢山の内容である。 イベントも後半に入り、会場が沸く中でユーミンが登場し、「守ってあげたい」を歌うころには、酒もいい感じに回ってきてたからか、"You don't have to worry"とか歌われると、おもわず涙ぐむあたし(ブス)。 そして、ユーミンからMISIAの歌に入ると、10代後半、20代前半の頃、夜の新宿でMISIAの曲に合わせて、オカマ友達とぎゃーぎゃー騒ぎながら踊っていた頃を思い出し(青春!)、またもや涙ぐむあたし(ブス)。 イベン...

Gay Chorus Deep South

イメージ
土曜日の夜。 オカマ7人が集まって街はずれの火鍋の店で、鍋を囲んできゃっきゃ騒ぎながら、肉やら魚介を頬張っていた。 そんな中、 「なんか趣味が欲しいわ。なんか習い事はじめたいわよね。」 と誰かが問うと、 「格闘技とかはじめたい。だって、モテそうじゃない?」 「前、お酒飲みながらタイ料理を習うってクラスを受けたけど、酔っぱらって何も覚えてないわ・・・」 「習い事というか、仕事に役立つ講座は大学でとってたわ? 趣味ではないけど。」 など、様々な答えが返ってくる。 自分も、へたっぴピアノは懲りずに細々やっているが、胸を張って趣味と言えるような趣味ではない。 週末といえば、ジムにいって掃除洗濯をして、酒をひっかけていたら、あっという間に日曜の夜になってんじゃないのよ~。 ----------------------------- 日曜日の朝。 自宅からジムに向かう途中、カストロの映画館の前を通ると、 "Gay Chorus Deep South" となんだか興味深い映画をやっているじゃないの。 どうせ、特に予定もないし、と早速携帯で午後の部のチケットを購入した自分である。 数年前から、米国南部を中心とした一部の州が、宗教上の理由を元にLGBTQの人々の権利を迫害することを一部認めるような動きをしていた。 そんな動きに対して、サンフランシスコのゲイコーラスの300人が、そんな南部の州を旅しながら各地でコンサートを開いた、 ロードムービーのようなドキュメンタリー である。 実の父親に自分がゲイであるということを認められず、それでもその父親の前でゲイのコーラスの一人として舞台に立つ団員。 レズビアンであることを家族や学校の友達に公にできずに、自分の居場所を見つけられない南部の若き少女達。 自分のアイデンティティを探し続ける、トランスジェンダーの団員。 そして、自分がゲイであることを公にしたことで、仕事も家族も失ってしまった、コーラスの音楽監督。 "なぜ、いつまで、彼ら(我ら)はそんな悲しみや悩みを背負って生きていかなければ、ならないのだろう" 日曜の午後、男性合唱の美しい歌声に乗せて、そんな彼らの人生が語られるこのドキュメンタリーを、思...

木漏れ日がライスシャワーのように (6)

==================================================== これまでのお話 木漏れ日がライスシャワーのように (1) 木漏れ日がライスシャワーのように (2)  - 家族の心模様 I 木漏れ日がライスシャワーのように (3)  - 家族の心模様 II 木漏れ日がライスシャワーのように (4)  - 家族の心模様 III 木漏れ日がライスシャワーのように (5)  - 会場選びの巻 ==================================================== 夜、寝床につく前の30分。 ネットフリックスの『深夜食堂』を観るのを楽しみにしている。 小林薫演じる定食屋の親父さんのつくる豚汁のシーンと、見慣れた新宿の夜の街のシーンで始まる、そのテレビドラマを観ていると、日本へ無性に帰りたくなるのである。 ゲイカップルの日常と夕飯を描いた『きのう何食べた?』もよかったが、この『深夜食堂』も素朴な雰囲気が好きである(観てると寝る前なのに腹減るわよね)。 ---------------------------- 「今週末までに招待状出すんじゃなかったの? どうなってるの!?」 と、週明け早々にN君の母からN君充てにメールが届いた。 「わー、お母さんにまた怒られる~!!」 と朝からN君と二人で大慌てである。 結婚式の日取りと場所が決まったら、次は招待状を送らねばならない。 しかし、自分は仕事が忙しいのを理由に、N君に任せきりにしていたら、招待状どころか招待客リストもままならない状態だったのだ。 それでなくても、N君側の家族は(よく言えば)仲が良く、なにかあるごとに米国各地に住む家族が集まるものだから、今回の招待客リストもN君家族関係が半分を占めている。(一方、自分の家族は4人だけ。) 「高校時代の友達は必ず呼ぶとして、大学も大学院の友達もいるし、水球のチームメイトも呼びたいし、どうしよ・・・」 などとN君がいうことを全部聞いていたら、予算がいくらあっても足りないじゃないのよ! 「自分も呼びたい人いるけど、予算のこと考えて我慢してるんだから、N君もそういうことちゃんと考えてよ!!」 と...

木漏れ日がライスシャワーのように (3)

================================================= これまでのお話 木漏れ日がライスシャワーのように (1) 木漏れ日がライスシャワーのように (2) ================================================= 朝から雨の降り続く土曜日。 傘をさしながら六本木の街を足早に歩き、待ち合わせ場所のイタリア料理の店へ向かった。 「やだ~~~~!!! 久しぶりすぎる!!!」 「あんた、全然変わってない! 年取らない! 化粧水なに使ってんの!?」 と、店についたとたんに、この調子である。 15年以上前、自分が東京からサンフランシスコに引っ越したばかりで、語学学校生をやっていた頃に出会った、同じように当時サンフランシスコで語学学校生をしていた女子たちと、今日は同窓会、兼、女子会だ。 「とりあえず、乾杯しようよ!」 と、広告代理店でバリバリ働き、恋多き女でもあるY子がスパークリングワインのグラスを掲げると、 「あたし、今日はちょっと、お酒辞めとく・・・」 と、アパレルのIT部門を牛耳り、今では一児の母でもある酒豪のK子が言う。 「あんた、まさか・・・!?」 「もしかして?」 「えへ。実は、2人目、妊娠してるかも・・・。 まだ確認はしてないんだけど・・・。」 「ひゃだ! おめでた!?」 「あたし今から薬局言って、検査薬買ってくるから、K子、この店のトイレ借りて、ちょっとチェックしてきなよ!」 と、まるで一昔前のドラマのように大騒ぎである(個室予約しておいて、正解だったわよね・・・)。 「んで、実は自分、N君と結婚することになったんだけどね・・・」 と、そんな騒ぎに乗って、自分も皆に告白すると、 「ひゃだ! おめでとう!!!」 「それで、ご両親は大丈夫だった!?」 という話になるのは自然な流れな訳で。 「父にはそれとなく、何度か話してるんだけど、やっぱりダメだわ・・・。」 K子は、今の旦那と結婚してからもう5年以上になるが、親から大反対されて未だに母親はその旦那と一度も会ってくれていないという。 Y子も、10年程前に日本へ戻ってから出会った男と結婚したものの、家庭の色々な事情があり、離婚し今...

虹の向こうへ

イメージ
朝、会社のエレベーターに乗り込む度に、疲れた顔に伸びきったボサボサの髪の毛の自分が鏡に映り、思わず目をそらす。 弛んで浮腫んだ顔はどうにもならんが、せめて髪でもさっぱりしなきゃと、いつもの床屋に土曜日朝一番で予約を入れた。 そして、土曜日。 床屋のガラス張りのドアを開けたとたん、 「Happy Pride Month!」 と、いつも自分を担当してくれているいつもの陽気なお兄さん(オネエさん?)が、笑顔で迎えてくれた。 「久々に来て見たら、随分いいカラダになったね!」 「あたりまえよぉ、月末のプライドに向けて、バキバキのマッチョにならなきゃ!」 などと担当のお兄さん(オネエさん!)と、たわいもない会話をしながら、久々に訪れたその床屋の店内を見渡すと、花も壁の飾りもすべて虹色である。 今年もこの季節がやってきたのだ。 ——————- 街中が、虹色に染まる6月。 この時だけは、街中が自分たちをサポートしてくれているような心強い気持ちになれる。 いつものスーパーマーケットも 会社の近くの銀行でも ジム帰りの道にある服屋も 東京レインボープライドをはじめ、日本でもそんな動きがどんどん拡大してるという。 自分が十数年前東京で学生やサラリーマンをしながら、こっそり(?)オカマライフを送っていた頃には、思いもしなかった変化が、実際に確実に起こっているようだ。 髪を切った帰り道、そんな事を思いながら虹色の街を歩いていたら、髪だけじゃなく心も軽くなってきたわ! 会社のビルには ニューヨークプライドの広告。 Pride50周年だ。

出会った頃はこんな日が来るとは思わずにいた

イメージ
「ちょっと、あんた! 芸能ニュース、見た?」 仕事中に、元同僚女子から携帯にメッセージが入った。 "何よ、仕事でそれどころじゃねーわよ" と、既読のまま放置していると、 「貴理子、24歳年下旦那に捨てられたって!」「離婚理由、旦那が子供が欲しいからだって。」「ありえん!」「貴理子、55歳よ!」「ってか、他人事と思えないわ。」「現実味がありすぎて・・恐怖・・・」 と矢継ぎ早にメッセージが続く。 確かに、この元同僚女子も、旦那との間に子供がおらず、他人事じゃないのかもしれない。 そういえば、前読んだニュース記事でも、相手への愛想はとっくに尽かしたが、子供がいるから別れないでいられるという、夫婦も多いと書いてあったわよね・・・。 ゲイの世界でも、運よく相手を見つけたとしても、殆どの場合子供を持たないから、そうった拘束力がなくーもちろんそれだけが理由ではないだろうがー、結局別れに至るカップルは多い。 自分もそんなことを考えながら、 「確かに、他人事と思えないわ・・・」 と、やたらと動揺しているこの元同僚女子に、返事を返したのであった。 -------------------- 同じく日本人ゲイでサンフランシスコに住む方のブログを、毎日楽しみに読んでいるのだが、その方とアメリカ人の旦那さんは、23年も長く続いていて、ついこの間も素敵な結婚記念日の写真を載せていた。 飲み仲間のM男も、旦那さんと、ぶーぶー文句は言いながらも、15年近く一緒だ。もっといいオトコとやりたい~などと、酔っぱらった勢いで下品なことを叫ぶM男だが、いつも旦那や旦那の家族のことを思いやっている言動を横でみてきたから、この2人が長く続いているのも、理解できる。 やっぱり、自分が倒れた時や死ぬ時は、長年を連れ添った相手に横にいてもらいたいよなぁ、と急に心細くなる40過ぎの中年オカマの自分である。 ---------------------------- 自分が通っているジムの向かいに、新しくできた ドイツソーセージとビールの店 で、仕事帰りにガーリックソーセージをつまみに、ビールを飲んでいたら、東京の同年代オカマのK子からLINEが入った。 「今日は23歳とデート。てへ!」 なんだか思わず、イラっとして 「ねぇ、あ...

木漏れ日がライスシャワーのように (1)

20年前、日本で学生をしていた頃。 高校時代の仲間に誘われて、大学での授業の無い週末は横浜の桜木町のとあるホテルでアルバイトをしていた。 真っ白なジャケットに黒のだぶついたパンツという、なんだかあか抜けないホテルの制服を着て、イベント会場のウェイターとして、一日中、立ちっぱなしで汗ぐっしょりで働いていたのも、今となっては懐かしい。 現天皇陛下と皇后がチャリティイベントに参加された時も、ワインサーブ担当として会場を立ち回っていたのであるが、その日の事は「雅子様、美しい・・・!(それにしても皇太子と比べて背がお高い・・・失礼)」くらいにしか覚えていないあたしよ・・・。 そんな特殊なイベント要員として駆り出されるのは稀で、殆どの週末は結婚披露宴でのウェイターとして、食事や飲み物、時には照明担当として、裏方で多くの若きカップルの門出を見守ってきたのである。 "わー! なんて素敵な結婚式・・・!" などと新郎新婦が両親に感謝のメッセージを読む姿に、照明を当てながら暗がりで密かに涙する度に、 その当時は、もう自分がゲイだと認識していたから、 ”まあ、自分はゲイだから、こういう機会も一生ないのよね・・・、ふん。" などと卑屈になっていたし、度々垣間見てきた結婚披露宴の舞台裏のストレスも無縁なものだと思っていたのである。 --------------------- 「結婚式、どうしよっか!」 とある週末の朝、昨夜残り物を卵で炒ったものをつっついていたら、突然N君が言い出した。 「え?」 N君から結婚を申し込まれてから1年が経ち、自分は結婚式などせず、多くのゲイカップルがするように、いずれサンフランシスコの市庁舎で紙ぺらに署名するだけだと思っていたものだから、思わず言葉に詰まる。 「サンフランシスコでもいいけど、ハワイや東京で結婚披露宴するのもいいよねぇ。 仕事の繁忙期が過ぎた時期を考えたら来年の1月かな?  でも1月だとハワイも東京も天気悪いし・・・。 でも、サンフランシスコは高いよねぇ。」 などと、でかい図体に似合わない乙女な発言を次々繰り広げる暴走気味のN君。 「ちょちょちょ、ちょっと待って!!!  うちら結婚披露宴なんて、やるの!?  市庁舎でサインだけでい...

出逢いはスローモーション (8)

先日、日本で13組の同性愛者のカップルが結婚の自由を求めて一斉提訴したという。 「日本の同性愛結婚の第一歩!」 という報道を聞いて、胸がいっぱいになった自分である。 --------------------- 大黒摩季の歌じゃないが、オカマの自分も30を過ぎた頃には、周りが「結婚」で騒がしくなったのを覚えている。 中学時代や高校時代の友達が結婚するといえば、アメリカから遥々電報を打ち、 現地の友達が結婚するといえば、ギフトを送り、式にも披露宴にも、時には飛行機に乗って、参加してきた。 しかし、どんなに同年代の同級生や友達が次々と将来の伴侶を見つけ、幸せそうな顔で結婚していこうとも、 "まぁ、自分には関係ない話だしね" "どうせ法的に認められないんだしさぁ" "しょうがないわよ" "うちらは、一生一人で生きていかなきゃいけないの!" "お願い、あたしが病気でぶっ倒れたら、あんた支えてよぉ!” などと、オカマ仲間で酒をひっかけながら、半分皮肉になったり感傷的になったりしたものである。 皆、自分がゲイだと気づいた時から、ひとりで生きていく覚悟を、いつの頃から胸に決めていたのかもしれない。 ------------------- 2015年に米国の最高裁が同性同士の結婚を認めて以来、オカマ仲間のM男をはじめ、自分の周りにも同性同士で結婚する仲間がちらほらみられるようになってきた。 そして、国を訴えた勇気ある13組のカップルの行動がきっかけとなって、ついに日本でもその流れが現実のものとなって動き始めているのである。 すげーわ! オカマの歴史的瞬間に立ち会ってるのね?!(なんのこっちゃ) ------------------- ちょうど1年前の2月。 平日の夜、久々に仕事の後カストロの街で友人達と遅くまで飲み、家に帰ってくると、N君の様子がなんだかおかしい。 「もう飲みすぎたから、シャワー浴びないで寝るわ」 と自分が言うと、 「いいからシャワー浴びてきてよ」 とN君は言う。 何だかよくわからずに、酔っぱらった頭でシャワーを浴び、バスルームから出て、着崩してよたよたになったユニクロのパジャマを...

出逢いはスローモーション (7)

イメージ
================== これまでのお話 出逢いはスローモーション (1) 出逢いはスローモーション (2) 出逢いはスローモーション (3) 出逢いはスローモーション (4) 出逢いはスローモーション (5) 出逢いはスローモーション (6) ================== "やばい、バスに間に合わねええ!!" と、平日の朝からバタバタ家を飛び出すと、マンション入口の郵便受けの下に荷物が届いているのが目に入った。 日本菓子か何かの段ボールだったので、すぐにうちの実家の母から送られてきたものだとわかる。 "えーと、荷物を抱えて、一度家にも戻ろうかすら、あるいはこのまま、夜、会社から戻ってくるまでここに置いておこうかすら" と数秒考えたが、ここに放置しておいて万が一誰かに盗まれでもしたら(だれも日本語で書かれた訳の分からぬ段ボールなどもっていかないだろうが)、とバスはやりすごすことにして、荷物を抱えて家に戻ることにした。 次のバスのスケジュールを携帯で確認すると、まだ時間があるので、その段ボールを開けて中身をみてみることにする。 箱の中にはいつものように、粉末状の緑茶やら薄焼き煎餅やらフリーズドライの味噌汁やら鎌倉名物の鳩サブレーやらが詰められていた。 "こうやってわざわざ日本からアメリカまで荷物を送ってもらえるのも、母ちゃんが元気でいてくれる間。永遠に続くものじゃないのよね・・・” としみじみその有難さに感謝していると、 煎餅やらなにやらに混じって、小さい紙袋が2つ入っているのに気が付いた。 その小さな紙袋には、それぞれ「弘明寺」とかかれたお守りが入っていたのだったー。 ------------------------------ 1年前の冬。 久しぶりにクリスマスに日本に帰った。 実家で数日過ごしたあと、大阪、奈良、高野山、東京と旅行したのであるが、大阪からはN君が合流し、十数年前にN君が英語教師として住んでいた奈良の村などを一緒に訪れたりしたのである。 アメリカに戻る前には、新宿の天ぷら屋で妹夫婦にN君を紹介したのだが、妹夫婦も普通に接してくれて、安堵したのを今もよく覚えている。 その翌日、アメリ...

懐かしさの一歩手前で こみ上げる苦い思い出に

日曜の朝。 どうせ汗をかくから、と顔も洗わずシャワーも浴びずに家を出て、ジムへ向かって歩いていると、反対側から見覚えのある顔の男が向かって歩いてくる。 もう10年近く前に付き合っていたアメリカ人の男である。 「偶然! 久しぶり。 元気だった?」 「クリスマス休みは旅行でも行くの?」 「特に予定ないから、ここにいると思う」 「よい年末を!」 「よい年末を!」 などと、ほんの一瞬の他愛もない会話を交わし、軽くハグした後、お互い別の方向へ向かってまた、歩き出す。 東京ラブストーリーのリカじゃないが、背後に小さくなっていく彼の姿をちらっと振り返ってみる。 ある程度の期間を一緒に過ごした相手ではあるが、今となっては何の未練もない。 しかし、久しぶりに見るその懐かしい姿に、当時の記憶がよみがったのである。 ある程度の期間を一緒に過ごしたその男との別れは、その当時は本当に精神的につらいものがあって、すぐにフィリピン人の新しい男(若いかわいい子!)を見つけた彼と、しばらく独り身のままの自分との間の溝は深く、もう彼の顔など二度と見たくない!等と思ったこともあったかもしれない。 しかし、別れから10年も経つと、そんな恨みつらみよりも、 "しばらく見ないうちに、大分痩せたけど、大きな病気でもしたのかしらん" "その後、フィリピン人の彼とは別れたと風の噂に聞いたけど、クリスマスは一人でさみしくしてないかしらん" と、相手の心配をしている自分である。 「久々に、昔付き合ってた、Jとディナーしてきたんだけどさ」 と同業のM子ちゃんも、最近、昔の男とただの友達として食事をしてきたという。 「当時なんで、この変な男と付き合おうと思ったのかも、思い出せないんだけど!」 「若いときの男選びって、そういう過ちを犯すもんなのよぉ!」 と言って二人で爆笑したのだった。 ただ、自分もM子ちゃんも、過去の男たちとどんな別れ方をしようが、ただ、彼らがどこかで幸せに過ごしてくれていればいい、と願うのである。

MILK - ミルク

イメージ
サンクスギビングの4連休は、パームスプリングスで過ごした。 ロサンゼルスから車で東に2時間弱行ったところにある、砂漠のど真ん中にあるような街である。 ゲイの人々のリタイア後の街としても知られ、右をみても左をみても街中がオカマだらけなのよ。 「ねぇ、ここのバー、ジジイばっかりでつまらない。いい男一人もいないじゃない!」 「あんた、そんなこと言ったって、うちらだって若い子からみたいら、ジジイだわよ?」 「ジジイっつーか、ババアだよ、あんたは!」 自分と同じタイミングで、テニス仲間と遊びに来ていたK枝と、そのパームスプリングスのダウンタウンにあるゲイバーで、周りのオトコ達を物色しながら、酒をひっかけながら、いつもと同じやりとり。 「でもさぁ、あそこに座ってるおじ様達も、若いときがあった訳で。彼らの若いときは、うちら以上に、ゲイとして生きていくの大変だったはずよ」 「ほんとだねぇ。彼らの世代が若いときゲイの権利を訴え続けてくれたおかげで、今のうちらの自由があるんだもんねぇ」 もう11月も終わるというのに、日中はショートパンツにタンクトップでも気持ちが良い夏のような気候である。 確かに平均年齢の高い街だが、そこに住む人も優しく、ロサンゼルスやラスベガスとはまた違った居心地の良さがある街だったのだ。 朝からプールサイドで一杯ひっかけるアル中のあたしです。 砂漠のど真ん中に突然現れる風車群 K枝の友達の所有する家にお邪魔して、日が沈むのをみながら また一杯ひっかけるアル中のあたしです。 遠くの岩山と夕焼け色に染まった雲の美しさよ。 オカマバーに行ってみたら、下品なゲームが。。。 中央の穴におもちゃの鉄砲で当てたら景品がもらえるらしい。。。 ---------------------------- 1978年11月27日。ちょうど40年前の今日。 この国ではじめて、ゲイであることをオープンにしながら市議会議員に選ばれた、ハーヴィー・ミルクが銃で殺された日である。 以前も書いたが、彼はサンフランシスコのゲイの街カストロの「市長」と呼ばれ、LGBTの自由と権利の為に尽力した人であった。 彼が亡くなって30年後の2008年の11月には、ショーン・ペン主演の「MILK...

ベルサイユのばらを求めて (5) - Gay Games in Paris

イメージ
================================ これまでのお話 ベルサイユのばらを求めて (1) - 旅立ち ベルサイユのばらを求めて (2) - モンサンミッシェル ベルサイユのばらを求めて (3) - ロワール渓谷 ベルサイユのばらを求めて (4) - ノルマンディ海岸 ================================ パリの東部に、ショパンやプルースト、モディリアーニやエディットピアフ等の著名人が多く眠る墓地がある。 その墓地の外れには、イギリス文学の文豪オスカーワイルドの眠る墓もあるという。 オスカーワイルドというと、子供の頃に読んだ「幸福な王子」や、学生時代に何度と繰り返し読んだ「ドリアングレイの肖像」くらいしか思い浮かばなかったのだが。 調べてみると、同性愛であることで投獄、破産、そして出獄後は失意のままヨーロッパを転々とし、最期はパリのホテルの一室で亡なるという、彼も同性愛者の歴史の中を生きた一人であったのだ。 ------------------------ ノルマンディからパリに戻ると、前に比べてやたら街にオカマたちが目につく。 蒸し暑い気候の中、右を見ても、左をみても、鍛え上げられた美しい上半身を惜しげもなくタンクトップの隙間から見せつける異国の男達。 フランスのど田舎で1週間も清く正しく静かに過ごしていたから、悶々としてそんな気がしているという訳ではないの! 4年に一度のLGBTのオリンピックである「Gay Games」が開幕して、世界中のオカマ達1万3千人がパリに集まってるからなのである!!! オープニングセレモニーが行われる、パリの外れにある競技場に向かう地下鉄に乗り込むと、各国のカラーで身をまとったマッチョな選手たちですでに一杯で、オトコだらけの夏のギューギュー詰めの満員電車に、中年オカマの自分はくらくらしてきて、鼻血ぶー寸前(死語)である。 競技場につくと、選手専用口へ向かう選手たちを横目に、何の競技にも参加しない、過去に体育の授業で赤点をとったこともある自分は、一般席へ・・・。 選手入場がはじまるまで、 とりあえず、 ビールよ オリンピックの選手入場は、毎回ギリシャが一番初めと決まっているが、同じようにG...

薔薇は気高く咲いて、薔薇は美しく散る

イメージ
オカマ仲間の間では、大して盛り上がっていなかったワールドカップだが、個人的には、日本チームの頑張りにも、他国のチームの引き締まった身体のいい男達にも、大いに元気づけられたわ。 さて、次の大きなスポーツイベントは4年に一度、2020年の東京オリンピックだが、その前にもう一つ4年に一度のイベントが、今年の8月にあるという・・・。 その名も..... GAY GAMES(ゲイ・ゲームズ)....!!!  本家オリンピックと同じように4年に一度、世界の一都市にLGBTや彼らをサポートする人々が集まり、GAY GAMESの名の元に、各種運動競技が行われるというのだ。 そして、今回の会場となる都市が..... フランス! 花の都!! パリ!!! 行きたい!!! (ちなみに前回2014年は米国オハイオ州クリーブランド(しょぼい…失礼)。次回2022年は香港とのこと(香港も行きたい!)) -------------------------------------- ふと、自分が20年前に最後に訪れたパリの街を思い出してみる。 まだ心も体も綺麗な(?)、20歳になるかならないかの乙女だった頃の自分である。 ユーロも導入されていなかった頃の大昔だから、もはやどこの安宿に泊まったかも、何を食べたかも、詳細は思い出せないが、街のどこを歩いても歴史を感じることができ、街のどこを歩いても美しい男達と出会える(遠目に見るだけだがね)、そんな素敵な街の感覚は今でもはっきり覚えている。 そういえば、会社の有給休暇がたまっている。 そういえば、ワールドカップでフランスが優勝したし。 そういえば、昨日飲み屋で飲んだワインもフランスワインだったはずよ。 そういえば、携帯のシャッフルで今週は2回も 「ベルサイユのばら」の主題歌 が流れたわ!(どんな携帯だよ?) "Gay Gamesは兎も角として、これはフランスへ行けっていうサイン、あるいは運命じゃないのかしら!"? と、半ば強引だが、気づいたらエールフランスの航空券を購入していた自分である...。 ------------------------- 40過ぎの中年オカマの、ちゃんとした予定も立てずに、今回もとりあえずipadに地球の歩き方をダウンロー...

この大空の虹になりたい 希望に届く虹になりたい  (2018)

イメージ
「サンフランシスコの街を歩けば、オカマにぶつかる」 とはよく言ったものだが、 毎年6月になると、世界中からオカマ達がわらわらと集まってきて、 いつも以上に街中が"オカマの坩堝"となる。(なんだか恐ろしい響きだわ・・・) そんなオカマだらけのサンフランシスコの中でも、特に右を向いても左を向いてもオカマだらけの「カストロ地区」は、ゲイのメッカと呼ばれていて、 物珍しさか怖いものみたさか、一般の観光バスが毎日のようにやってくる。 そんなカストロの通りを歩いてみると、 あちこちに"Harvey Milk"の名前や顔を見つけることができる。 彼は、40年前「カストロの市長」と呼ばれながら、サンフランシスコの市議に選ばれLGBTの権利に尽力し、 そしてその翌年、当時の市長とともに、彼は市庁舎で暗殺されたのだった。 それ以来、カストロの街は彼の意志を受け継ぎ、それを若い世代に伝えていく場所となっている。 --------------------------------- 人々や企業がダウンタウンに集まり、LGBTの権利を謳う6月末の「 サンフランシスコ プライド 」がメインのイベントとなるが、 その1か月くらい前から、街中の通りに虹色の旗が立てられ、 LGBTの映画祭 や AIDS LIFE CYCLE のようなチャリティ、その他各種イベントがあちこちで行われている。 近所に住む日本人ゲイ友達のK治やH太君は、プライドイベント当日のパレードに会社の同僚と参加して、虹色にデザインされた会社のロゴの入ったTシャツを着て、大通りを歩いたらしい! 自分も、パレードこそ参加しないものの、去年に続いて近所の友達を我が家に呼んで小さな「ピンクパーティ」を開いたり、映画祭でいくつか気になった映画を観に行ったりして、このプライド月間を楽しんだわ。 街中に虹色の旗がなびく! プライド前夜の「ピンクサタデー」は我が家で友人達と 皆でピンク色の服を着て、ピンク色のスパークリングワインと ピンク色と虹色のお菓子で乾杯だよ! 今年のLGBT映画祭には、日本から2作品が参加。 そのうちの一つが「彼らが本気で編むときは」。 在サンフランシスコ日本領事館がオフィ...

出逢いはスローモーション (5)

イメージ
================== これまでのお話 出逢いはスローモーション (1) 出逢いはスローモーション (2) 出逢いはスローモーション (3) 出逢いはスローモーション (4) ================== 中年オカマの自分も40年間近く生きてきて、何人かの人(片手で数えられるくらいよ・・・)とお付き合いしてきたけど。 一定の時間を一緒に過ごすと、お互いに相手がどこで育って、どうやって今まで生きてきたのか、少しずつ知ることになる。 青森の田舎町で育った男(ひと)や、オハイオで消防士の父に育てられたという男。 フロリダの医者一家に生まれ、勉強して医者になってここへ越してきたって男も居たわね…。 だけど、どの男とどれだけ長く付き合っても、その相手の家族と会ったことは一度もなかったのである。 それでなくても、会食やパーティが胃が痛くなる程、苦手な自分だ。 まだ自分の親にもカミングアウトしていないのに、ほんの数か月しか付き合っていない男の家族に会いに行くなんて、 女中役だった薬師丸ひろ子がいきなり三田佳子と舞台でW主演するようなものである(なんのこっちゃ)。 「どうしよう。今付き合ってる男の家族の集まりに呼ばれたんだけど。行きたくない!」 といつものオカマ仲間をいつもの飲み屋に呼び出して相談してみると、 「あんた、男と付き合ってるって聞いてないけど!」 と叱られながらも、 「あんたが乗り気じゃないなら、断ればいいじゃない。男のためにストレス感じるなんて、本末転倒よ?」 とすでに旦那がいて、妻業を幾度もこなしているM男は言う。 その一方で、 「でもさ、家族に会わせたいって言ってくれるってことは、彼も本気ってことでしょ。ゲイの世界で相手の家族に会えるなんて今でも滅多にないことなんだから、ありがたいと思って、会ってくるべきよ!」 と数多くの男たちと幾度の出逢いを経験して来たK枝は言う。 さて、どうしたものか。 あたしに、できるかしら・・・。(C) 薬師丸ひろ子 ----------------------- 「この家系はみんなハゲになる家系なんだけど、Nはまだハゲないでいるみたい?」 「でも、ちょっとおでこのあたりが、危ないんじゃない?」 「やっぱり...

Call Me By Your Name (君の名前で僕を呼んで)

イメージ
毎年のことだがこの時期になると、 聖子の「恋人がサンタクロース」、中山美穂の「遠い街のどこかで・・・」、辛島美登里の「サイレントイブ」などといった曲ばかりを聴いている、典型的なオカマの自分。 それに今年は明菜の「Merry Xmas」や安室奈美恵の「Christmas Wish」といった新譜を加えて、毎朝通勤の地下鉄で密かにひとりホリデー気分を盛り上げている。 そんな曲たちをしゃんしゃん言わせながら、 "日本に帰る前に家族へのお土産買わなきゃ。今回は何にしよ・・・" などと頭を悩ませていると、 「39歳のクリスマス、おひとりさまだわ、あたい。どうしよう!」 東京に住む大学同期のオカマK子から切実なLINEが届いた。 "確か今年の夏頃は、20歳くらいの韓流アイドルのような若い子や、30代前半の実家通勤のおぼっちゃまとデートしてたわよね・・・" などと、K子から毎日のように届いていた報告を思い出したが、どうやら彼らとはうまくいかなかったようだ。 あまりにも元気がないようなので、 「あんた見た目若いんだから大丈夫! まだ間に合う! パーティでもハッテン場でも繰り出して、あんた好みの年下オトコ見つけてくんのよ!」 と発破をかけたが、 「もうどこいっても、ブスとデブとババアしかいない!」 と拗ねるK子。 「ねぇ、あんたもあたしも、もう40。ババアなのはあたしたちだよ。」 と厳しく返したら、その後返事来なかったわ。 ---------------------------- 年末スケジュールで仕事がばたばたしてる中、合間を縫って今日は久々に映画を観てきた。 「Call Me By Your Name」 この時期になると、オスカー候補と言われる映画たちがばたばたと公開されるが、この映画もそのひとつ。 夏のイタリアの田舎町を舞台に、17歳の少年とアメリカの大学から短期滞在でやってきた青年の、静かなほろ苦い青春の物語だった。 イタリアの風景も美しかったけど、それよりも若い彼らの裸にばかり目がいっちゃうのは、やっぱり自分もババアになったって証拠な訳で・・・。 美しいイタリアの景色がよい (C) Sony Pictures Classics ...

道程

イメージ
「この週末って、30代最後の週末だね」 飲み屋で酒をひっかけていると、アメリカ人のN君がつぶやいた。 突然の指摘に、 「え、まだ来週もまだぎりぎり30代よ?」 と一瞬頭の中のカレンダーが混乱したが、よく考えると来週末はもう40になっているのだった。 40になるからといって、最後の週末だのなんなのと、そんなに30代にしがみつくつもりもないつもりだったのだが、 そういわれると、なんだか急に焦燥感に駆られる自分である。 ------------ そんな"30代最後の週末”は、友達の結婚式に出席して過ごした。 先日のメキシコシティでのゲイの友達の結婚式に続き、今回はサンフランシスコでの別のゲイの友達の結婚式。(ほんと今年は結婚式多くて、ご祝儀貧乏だわ・・・) ここのところ寒い日が続いていたのだが、今日は少し汗ばむほどの暖かく秋晴れの美しい結婚式日和だった。 今回の新郎と新郎はどちらもサンフランシスコのゲイの水泳チームに所属していて、そのチームの練習を通じて二人は出会ったという。 サンフランシスコ湾を臨む会場の中を見渡してみると、確かに出席者に体格のよいいいオトコ揃いなのは、みな水泳選手たちだからなのかしらん。 (式の最中も、思わずきょろきょろいいオトコチェックを止められない、中年オカマの悲しい性) 式の半ばには、日本の結婚式でもよくみられる、新郎達の子供の頃から現在までの写真、そして二人が出会ってからの写真のスライド上映があった。 自分がゲイかどうかも分からなかった少年期から、自分がゲイであることを悩んだ青年期、そして人生の伴侶を見つけた現在まで、スライドを通して、二人のこれまでの人生の道程を思うと、なんだか涙が出てきたわよ。 誰かがスピーチで言っていたが、今までのそれぞれの道程も二人が出会うためのものだったのだ。 そんなとても幸せそうな二人の笑顔を見ていると、自分までほっこり幸せな気持ちになってくる。 (じ、自分のこの人生の道程もいつかは二人のような幸せに繋がっていると信じていい!?) --------------------------- 両新郎の人柄が反映されたほのぼのとあたたかい式のおかげで、なんだか"30代最後の週末"も気持ちよく過ごすことができたなあ。 ...

Love is all

イメージ
メキシコシティの古い街並みを、革靴で石畳を音を立てながら、スーツにネクタイを締めて歩く。 (数年前の映画であった、ジェームスボンドにでもなった気分よ!) 独立記念日の祭りの準備で騒がしい大通りを抜けて、細い路地に入り、招待状に書かれた住所にたどり着くと、スーツやドレスで着飾った人々が列をなしているのが見えた。 その列の最後尾に並び、新郎と新郎の準備ができるのを待つ。 空を見上げると、結婚式にふさわしい、優しい秋晴れの日だった。 ------------------------------ 同性婚が認められるようになってからというもの、自分の周りもたくさんのカップルが結婚していった。 今そういった相手がいなくとも、あるいは相手はいるが結婚する予定は今のところなくとも、一生一緒に居たいと思える相手と、結婚したい時にできるという選択肢があるということは、心の大きな自由である。 結婚が認められていなかった頃、ビザの関係で国を跨いで離れ離れにならなければならないカップル達を大勢みてきたから、なおさらだ。 ---------------------------- そんなことを思いながら、二人揃って黒のタキシードで現れた友人の新郎と新郎を拍手で迎える。 新郎のH君は中東系アメリカ人で外交官として、メキシコシティに赴任してきた。そのお相手のM君は、アメリカでの仕事を辞めて一緒にやってきて、今は大使館の事務員として働いている。 「Are you an FSO too?」 披露宴の会場で同じテーブルについたアメリカ人の男に突然話かけられた(うほっ!いい男っ!)。 一瞬、質問の意味がわからず、FSOをSFO (サンフランシスコ国際空港)と思い込んだ自分は、 「Yes, I'm from San Francisco」 などと答えてみたが、あとから周りの話を聞いていると、FSOとは"Foreign Service Officer(外交官)の略で、どうやら自分はとんちんかんなことを言っていたようだ。 (それっきり、そのいい男からは話しかけられなかったわ?) 外交官の結婚式だけあって、出席者も、南アフリカ、エジプト、台湾、フランス、プエルトリコ...