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人生はこうして続いてゆくんだろう 間違っても何度つまずいても

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大晦日。 向かうは和歌山の高野山だ。 去年は、エジプトのナイル川で仲間4人で大騒ぎしながら正月を迎えたが、今年は静かに高野山のお寺さんで正月を迎えようと思い立ったのである。 日本仏教の聖地の一つでもある高野山では、修禅の道場でもあるいくつもの寺が宿坊として、一般の参拝客や観光客が宿泊できる場所を提供していて、今回はそれらのお寺のうちの一つにお世話になった。 高野山へ向かう途中、奈良の十津川村に立ち寄った。 十津川村も高野山も、 「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されている。 まずは十津川温泉で温まってから向かいましょ。 「高野山はとにかく寒いですからね~ 気をつけて行って来て下さいね~」 親切なレンタカー屋のアドバイスにも真面目に耳を向けず、薄着でやって来た典型的なカリフォルニアかぶれの自分。 高野山に到着し車を降りると、もうとにかく寒くて、 "こんな寒さじゃ、修行もへったくれもないわ・・・ もう帰りたいかも・・・" などと早々中年オカマが弱音を吐いていたのだが。 今回の宿坊である「恵光院」は、外観も内部もとても明るく清潔にされていて、お坊さん達も親切で、やはり足元は冷え冷えするものの、部屋にはヒーターもこたつも完備されていた。 "これなら、なんとか年越せるかも・・・" と気をとりなおして、壇上伽藍や金剛峰寺を参拝すること。 高野山恵光院に到着だ。 温泉宿のような趣のある部屋! 参拝から戻り、道場での瞑想(阿字観)を終えると、各自の部屋で精進料理の夕食だ。 部屋にはテレビもあり、夕食のあとはお寺が提供してくれたビールを飲みながら、浴衣で紅白歌合戦を観戦する自分(一体、何しに高野山に来たんだか?) 奥之院ナイトツアー。 弘法大師・空海の御廟のある奥之院を、たくさんの墓石の中を歩きながら その歴史をたどるというもの。 奥之院ツアーのあとは、大晦日ということで年があける前から、年越し護摩祈祷に参加。 先ほど部屋で護摩木に、「2018年も家族や自分が大きな病気や事故にあいませんように!」と願いをこめて、無病息災と書いて渡しておいたものを、お香と一緒に燃やしてもらった

やさしさで溢れるように

サンフランシスコ国際空港で、搭乗前に酒を一杯引っ掛けながら、 この1年を振り返っている。 エジプトのナイル川で仲間と年を越し、 アメリカに戻ってからは仕事でばたばたしているうちに、 気がつけば40を迎えていた。 40になっても日々の小さなことで一喜一憂しているのは変わらな いが、まだまだ死なずに元気にやれている。(あの台湾人青年の「 先輩、40歳で亡くなります!」宣言は、なんだったのかすら?! -------------------------- 携帯のお気に入りに入れている、 自分がよく読むブログのひとつに、 東京の外苑前に住むゲイのサラリーマンの方が書かれているものがあ る。 東京で学生をしていた頃に自分も憧れていた広告代理店で働きなが ら、彼氏さんとの日々の生活を綴っているもので、 自分も学生時代は外苑前でバイトをしていたので、 勝手に親近感を覚えて愛読している。 その彼が以前、 ”『ありがとう』と5万回口にしたら、人生が変わる” と書いていた。 2017年は、「笑顔を心がける」を目標にしていたが、 2018年は、自分も「ありがとう」を相手に伝えるのを目標にしよう、 と思う。 - いつも飲み相手、相談相手になってくれる友達に、「ありがとう」 - 夜残業して仕事を終えてくれた職場の若手に、「ありがとう」 - 朝早くからバスを運転してくれる運転手さんに、「 ありがとう」 - 仕事でピンチのときにいつも手を差し伸べてくれる上司に、「ありがとう」 - 長年付き合いを続けてくれているクライアントに、「ありがとう」 - 丁寧で気持ちのよいサービスをしてくれる日本航空のFAさんに、「ありがとう」 - このオカマの独り言ブログを読んでくれている方々に、「ありがとう」 - うまれてからこの年まで見守ってくれている家族に、「 ありがとう」 簡単そうで口に出すのは難しそうだが、 伝えられる時にしか伝えられない言葉。 5万回口にしたら、ほんとに人生変えちゃう夏かもね? (C)西田ひかる (なんのこっちゃ) などと期待もしつつ・・・。 --------------------- とりあえず、なんとか平穏無事に終えられそうな2017年に、 ありがとう、だ。 そして、2018年も家族、友達、自分自身

Call Me By Your Name (君の名前で僕を呼んで)

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毎年のことだがこの時期になると、 聖子の「恋人がサンタクロース」、中山美穂の「遠い街のどこかで・・・」、辛島美登里の「サイレントイブ」などといった曲ばかりを聴いている、典型的なオカマの自分。 それに今年は明菜の「Merry Xmas」や安室奈美恵の「Christmas Wish」といった新譜を加えて、毎朝通勤の地下鉄で密かにひとりホリデー気分を盛り上げている。 そんな曲たちをしゃんしゃん言わせながら、 "日本に帰る前に家族へのお土産買わなきゃ。今回は何にしよ・・・" などと頭を悩ませていると、 「39歳のクリスマス、おひとりさまだわ、あたい。どうしよう!」 東京に住む大学同期のオカマK子から切実なLINEが届いた。 "確か今年の夏頃は、20歳くらいの韓流アイドルのような若い子や、30代前半の実家通勤のおぼっちゃまとデートしてたわよね・・・" などと、K子から毎日のように届いていた報告を思い出したが、どうやら彼らとはうまくいかなかったようだ。 あまりにも元気がないようなので、 「あんた見た目若いんだから大丈夫! まだ間に合う! パーティでもハッテン場でも繰り出して、あんた好みの年下オトコ見つけてくんのよ!」 と発破をかけたが、 「もうどこいっても、ブスとデブとババアしかいない!」 と拗ねるK子。 「ねぇ、あんたもあたしも、もう40。ババアなのはあたしたちだよ。」 と厳しく返したら、その後返事来なかったわ。 ---------------------------- 年末スケジュールで仕事がばたばたしてる中、合間を縫って今日は久々に映画を観てきた。 「Call Me By Your Name」 この時期になると、オスカー候補と言われる映画たちがばたばたと公開されるが、この映画もそのひとつ。 夏のイタリアの田舎町を舞台に、17歳の少年とアメリカの大学から短期滞在でやってきた青年の、静かなほろ苦い青春の物語だった。 イタリアの風景も美しかったけど、それよりも若い彼らの裸にばかり目がいっちゃうのは、やっぱり自分もババアになったって証拠な訳で・・・。 美しいイタリアの景色がよい (C) Sony Pictures Classics

今年の冬も僕には

「今年の年末どうするの? うちらは日本行くよ!」 去年の年末にエジプトを一緒に旅した、LAに住むゲイカップルの2人から、LINEメッセージが入った。 仕事やら何やらでバタバタしていて、年末の休暇の予定など計画もしていなかった自分だから、 「日本いいな~ 温泉とか入りたいよね~」 と曖昧に返事をした。 すると、同時に今度は近所に住む日本人アーティストのK哉から 「ねぇねぇ、年末年始どこいくの~? 僕は日本だよ~!」 と、またまた携帯にメッセージが入った。 同じく近所に住むゲイ友達のK冶も今年の年末は日本と言っていたし、エジプト旅行のもう片割れのK子も今年は海外旅行せずに東京に残ると言っていたし、今回の冬はどうやら日本で過ごす仲間が多いようなのだ。 そんな仲間達に触発されて、 "最後に親に顔見せたのも、おじいちゃんの法事があった去年の夏だから、もう1年半以上前・・・。 確かに、久々にクリスマスに日本に帰るのもいいかもしれないわね・・・" などと独りごち、参考までにと日本航空のサイトで航空券の値段をチェックしてみると、 "サンフランシスコ12月発の便は、 どの日も2000ドル(20万円)超って?!" いつも休暇で日本に帰るときは、仕事のスケジュールの関係で1月の半ばのホリデーシーズンも落ち着いた頃だったので、せいぜいこの半分の1000ドルとか1200ドルとかだったもんだから、その倍近くとなると、思わず考えちゃうしがないサラリーマンの自分よ。 ---------------------------------- 今年の夏くらいからか、数ヶ月に1度のペースで、サンフランシスコの金融街で働くサラリーマンゲイの方達と一緒に、「ダウンタウンの会」という名の飲み会に参加している自分である。 サンフランシスコのダウンタウンの飲み屋で、ソーセージや焼き鳥を頬張りながら、 仕事の話はもちろんのこと、日々の生活のこと、そして男のことと、話題は尽きないのだが、 そのうちの一人から、 「日本に帰る旅費? ここ数年間一切航空券やホテルにお金使ってないですよ?」 とびっくり発言が飛び出したわよ。 詳細を聞いてみると、どうやら各航空会社のマイレジやポイントをうまくやりくりし

色褪せたいつかのメリークリスマス

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残業を終えて家に辿りついたら、着替えるのも面倒でそのままキッチンへ向かい、数日前の残り物の赤ワインをグラスに注いで、椅子に腰掛けた。 今年も気がつけば、あっという間に師走を迎え、窓の外のサンフランシスコの街も、あちこちにホリデー気分の電飾たちが輝いている。 ふと、もう大分前にこの街を去って日本に帰っていった、H男のことを思いだしていた。 格闘技をやって日々身体を鍛えていた彼は、見た目はガタイのよい厳つい男だが、実は内面はアニメとゲーム大好きの乙女(ゲイ)で、 当時はこのサンフランシスコで、毎日のように一緒にジムに行ったり、仕事の帰りに居酒屋で酒をくらいながら人生相談をしたりしていたのだ。 彼が日本に帰ってからも、毎日LINE等で連絡を取り合って、自分が日本に戻ったときには、京都に一緒に旅行したりした。 傍からみたら、「あんたたち、付き合ってんじゃないの?ほんとは?」などと、冗談で言われたものだが、 お互い恋愛感情は一切なく、とにかく何でも話せる(オタクな話も、マジメな話も)仲だったのだ。 だがある時、自分が彼に対して傷つくことを言ったのか、ひどい態度をとってしまったのか、 「もうあんた、連絡してこないで」 と、メッセージが入り、 今までの親友関係は一瞬にしてなくなってしまったのである。 それ以来、もう何年も連絡がとれないけれど、 この時期になると、彼が 「ねえ、クリスマスだから、ケンタッキー買ってドロレスパークで食べようよ」 と楽しそうに言っていた頃を思い出す。 ============== "大阪市長がサンフランシスコ市との姉妹都市解消を宣言" と日本のニュースを目にした時、とても悲しくなった。 サンフランシスコのメディアではこの件は殆ど話題にもなっていないが、酒を飲みながら、いつものアメリカ人友達に真面目に感想を聞いてみると、 「日本が”姉妹都市関係解消だ!”なんて叫んでも、傍から見たら、自国のプライドばかりが浮き彫りになって、人権・女性軽視の国にしか見えないけどね」 「慰安婦像の設立って、別に今の日本を批判してるんじゃなくて、ナチスのホロコーストも又然り、当時そういうことがありました、それを忘れずにいましょうっていうためのものでしょ。大阪の行動は稚拙。」