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朝がまた来る

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6月の末に、欧州で早めの夏の休暇を過ごし、帰国後早々にコロナに罹ったりと、しているうちに、あっという間の2ヶ月が経っていた。 朝起きて、散歩をして、仕事をして、食事をして、(酒飲んで?)、寝て、また起きて、と日々同じことを繰り返していると、この2ヶ月、他に何をやっていたのか、咄嗟に思い出せない。 そんな日々の中、日曜の今日も、いつものように早々6時前には目が覚め(ババア)、朝の散歩もジムもサボって、ダラダラと過ごしながら、スマホを開くと友人の訃報の知らせがあり、ついさっき弔電の手続きを終えたところだった。 その弔電の内容を考えながら(マナー上、あまりプライベートなことは書かないほうが良いそうなのですがね)、それほど多くはない彼との思い出を振り返っていた。 その友人とは、年中連絡を取り合うほど親しい仲ではなかったが、彼が学生時代の頃に就職活動の相談に乗ったり、あるいは彼が仕事でサンフランシスコを訪れたときには、食事をしたり飲みにいったりしていた。 彼は長いこと闘病生活を送っていて、SNSで頻繁に彼のその状況を伝えてくれていたのだが、ここ何週間か、その更新も途絶えていた。 今年の初めだったか、”今年の自分の誕生日までは生き延びたい”とSNSで語っていた彼だが、8月の半ばが誕生日だったその彼の、その目標は達成できたようで、自分はただただ、”目標達成できたね。これからは辛いことから解放されて、空の上で美味しいものいっぱい食べてね!”と、祈るだけである。 朝起きて、散歩をして、仕事をして、食事をして、寝て、という何気ない日々の、1日1日の大切さを改めて思いつつ。 Hちゃん、来世でまた会いましょう! 昨年の日本国内旅行中に購入した 富山のワイナリーのロゼ。 Hちゃんと、ナパのワイナリー行きたかったな〜。

この大空の虹になりたい。希望に届く虹になりたい。

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例年の如く、6月に入るとサンフランシスコの街は虹色に染まる。 大通りにはレインボーフラッグが掲げられ、我が家の裏の丘にはピンクトライアングルが姿を表す。 そんな中、同年代のゲイの友人から、仕事中にLINEでメッセージが届いた。 サンフランシスコで同性婚をしたときの手続きについて知りたいという。 「結婚するの!?」 と問うと、まだその年下の彼にプロポーズもしていないんだけど・・・という答えが返ってきたが、詳細を聞いてみると、すでにその彼のお母さんには相談をしたりしているという。 そんな話を聞いていると、他人事ながらもとても嬉しくなり、思わず先輩風を吹かせて、あれこれと偉そうに、自分たちがサンフランシスコで同性婚をした時のことを、説明してしまう自分である(うざ)。 しかも、その彼の相手はアメリカ国籍ではなく、ビザでこの国に住んでいるので、そのビザが切れる前に結婚したいという。 10年も前だったならば、男同士での結婚、ましてや相手の親にそんな相談をすることなどなかったし、ましてやビザ問題で離れ離れになった同性カップルは沢山みてきた。 今は、こうやってまるでストレートの人々がかわす様なやりとりを、我々も"普通に"できることが、嬉しいのだった。 我が家のN君とも、付き合い始めて来年で10年。 結婚してからは3年が経ち、相変わらず時々喧嘩はするが、比較的穏やかな日々が続いている。 先月にはN君の両親が、日本(東京、箱根、京都)を旅行するということで、ホテル探しや何やらをN君と一緒に手伝ったのだが、そんな2人から 「本当に、良い旅だった。」 「やっぱり、日本は素晴らしい国だわ。」 などと聞くと、日本人の義理息子としては本当に嬉しく、一方で、 ”まさかオカマの自分が結婚して、しかも相手の親からこうやって日本旅行の話を聞いたりできるなんて、若かった頃は夢にも思わなかったわよね” と思うと、ありがたや〜と思わず涙が出そうになるのだった。 そんなアメリカでも、6月に虹色の旗が立つと、オカマのPrideを祝うなら、ストレートのPrideも祝うべきだ、などと言う人々は少なからずいるが、婚姻の平等が認められている今、そんな声を気にすることはない。 一方で、日本では、LGBT理解促進法が可決・成立したものの、蓋を開けてみると、マイノリティ保護どころか、マジョリティを保護するよ...

20 years

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自分のスマホには、写真の管理用アプリがいくつか入っていて、大して使いこなせてはいないのだが、時々、「何年前の今日のあなた」みたいな写真を自動的に見せてくれる。 5月18日。 今日もいつものように、朝起きて、家の近所を3、40分ほど散歩してからシャワーを浴び、仕事机に着くと、スマホにそのアプリから通知が来ていた。 開いてみると、20年前の今日の日付の成田での出国スタンプがパスポートに押された、写真だった。 20年前の今日、東京での生活を引き払い、サンフランシスコに引っ越してきたのだった。 20年というと、途方に暮れそうな大昔のようだが、その日のことははっきりと覚えている。 元々、3ヶ月とか半年とかそんな予定で語学学生としてやってきたのが、まさか20年もこの街に居座ってるとは、自分でも驚いてしまうわな。 同じように日本からこの街に越してきて、まだ住み続けている友人たちも、20年選手である。 「こんな長居するつもりじゃなかったのにね」 「早々、日本に帰国してたら、今と全然違う生活をしていたんだろうね」 などと、そんな彼らと話したりする。 20年前の自分は、シワも白髪もない、高血圧の薬など飲んでいない、若き20代の青年だったはずだが、今の自分と比べると、見た目や健康状態こそ変わったが、中身は大して変わってないような気がする(英語力も…(苦笑))。 渡辺美里さんの曲で、10 yearsという曲がある。 ”あのころは何もかもが大きくみえた” "あのころは何にでもなれる気がした" 確かに、そんなふうに、20代も半ばで、夢や希望を持って、この自由の国にやってきたはずだったが。 はて、その頃の自分が、今の自分をみたらどう思うだろう。 好きでもない仕事のストレスを抱えて、毎日忙しなく生きている、中年サラリーマンの姿に絶望するだろうか。 あるいは、 それでも、この国での同性婚が認められる過程を肌で感じながら、その後、自分もなんとか相手を見つけられて結婚し、それなりに仲良く暮らしている中年ゲイカップルの姿に希望を見出すだろうか。 "振り向かない 急がない 立ち止まらない” "あれから20年も” "この先20年も" 時の河を超えて、遥か遠い大陸を目指したのは、 うしろ髪ひかれ隊でしたが、 アメリカ大陸を目指したのは、 うら若き20代...

逢いたい時に、あなたはいない (大谷翔平に逢いに行くの巻)

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 TBSのポッドキャスト番組で、自分が好んで毎週楽しみに聴いている、「オーバーザサン」という、番組がある。 コラムニストのジェーンスーさんと、元TBSアナウンサーの堀井美香さんの、”おばさん”コンビがわちゃわちゃと、他愛もない話をしている番組なのだが、中年ゲイの自分にも頷ける事や懐かしいネタが多く、毎週金曜日から週末にかけて、散歩やジムのお供に聴いている。 その番組で、スーさんが、 「人生、推しがいると、楽しいよ!」 と、前々から話していたのだが、中年のおっさんの自分には心ときめくような、推しが長いこといなかった。 我が妹などは、韓国アイドルグループのBTSや、俳優のベネディクト・カンバーバッチ、あるいはキアヌ・リーブスを以前から大層推しているが、随分楽しそうである。 そんな中年男にも、この数年、推しとなる男が現れた。 ----- 大谷翔平選手である(キュン)。 会社の同年代の同僚とは、毎朝のようにYahoo!ニュースで得た大谷翔平選手の情報を交換し、この間ゲイの友人と食事に行った時には、 「ここだけの話だけど、あたし、大谷翔平クンと、付き合い始めるかもしれない・・・」 などと、ほろ酔った勢いで、とち狂った妄想を口走ったり、 なかなか寝付けない夜には、Chat GPTに "大谷翔平選手と結婚するには、どうすればいいの?1番の悩み" などと、これまたほろ酔った勢いで、広瀬香美めいた、とち狂った質問を投げたりする自分である。 そして、挙げ句の果てに、 ゲイの友人達とは、 「大谷翔平クンが、もしゲイだったら、日本の同性婚すぐにでも認められるはずよ!」 などと、政治(妄想)話に発展する始末...。 さて、そんな推し生活を始めた自分に、我が家のN君から 「エンジェルス、オークランドで試合やるみたいだよ」 とたれ込みがあった。 それと同時にいつもの会社の同僚からも、 「大谷の試合、見にいく!?」 と仕事中にチャットメッセージが送られてきた。 とはいえ、仕事が忙しく、試合のある週末も仕事があるかもしれぬ。 しかし、このチャンスを逃したら、次いつ大谷クンに会えるか分からない。 などと、頭で考える間にも、気がつくとポチッと前列のチケットを購入していた自分である。 (その後、同僚女子と「大谷、オークランドのどこのホテルに滞在してるのかな」などと、もはや仕事そっちのけ...

春よ、遠き春よ。瞼閉じればそこに。

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記録的な寒さが続いている、サンフランシスコ。 毎日のように薄暗い雨の日が続き、時には強い風が吹いたり雹が降ったりしている。 我が家から遠くに見える、ディアブロ山も雪化粧で、その近所に住む上司から送られてきた写真は、まるでロッキー山脈のようで、カリフォルニアとは到底思えない景色だったわ。 何年か前だったか、サンフランシスコの2月には珍しく、夏のような暑い日が訪れ、ゲイの人々がタンクトップにショートパンツでドロレスパークで日光浴をしたり、カストロのバーの窓際で男たちを眺めながら冷たいカクテルを飲んでいたことがあったが、あれは夢か幻だったか。 そんな天気が続いているせいか、ここのところずっと体調がパッとしない自分である。 微熱が続いたり、腹痛があったり、体がだるかったり。 まさかね、と念の為、テストキットでコロナは陰性であることは何度と確認しているのだが。 「この年になると、あっちこっち体調の不調が出てくるよね」 とついこの間も、同僚同年代女子のM子と電話で話していたところだった。 彼女も時々頭痛だったり、時々不調を訴えている。 自分も、昨年末に日本に4年弱ぶりに帰った時に、東京で人生初の人間ドックに行ってきたのだが、心配していた胃こそ軽い炎症が見られる程度だったものの、胆嚢にポリープが5つもあると言われてしまったのだった。 そのうちの1つは要精密検査の一歩手前の大きさということらしい。 とりあえず、アメリカに持ち帰って様子を見ます、ということにその場ではなったのだが、今年のアメリカでの健康診断で改めて見てもらうか、日本にまた帰った時には時間をとって精密検査もしてもらうか、考えているところである(とほほ)。 と、ずっと薄暗い天気が続いていると、そんな辛気臭い話ばかりしてしまうが、それでも天気の良い日は、散歩をしながら桜(梅?桃?)の花びらが美しく散るのを眺めたり、友人の誕生会に参加したり、ミュージカルを観に行ったり、美味しいものを食べに行ったり、なんとか気持ちを盛り上げて、暖かい春が来るのを待ち侘びている。 今年のサンフランシスコの”花見”シーズンは、 この天気のせいで、あっという間に花は散り終わってしまった。 我が家のヒヤスンスちゃんは、今年も元気に咲いてくれました。 美味しいものといえば、つい先週末も、 我が家のN君のお母さんの所属する合唱団のコンサートの前に、 美味...

霧の港街の静かな元旦 2023

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明けましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いします。 と、松の内もだいぶ過ぎてからのご挨拶になってしまいましたが。 ずっと続いていたカリフォルニアの記録的な大雨も、元旦だけは一旦止まり、久しぶりの美しい青空の下、静かに正月を迎えることができた。 先月の日本への帰省・旅行から戻ってきてからは、睡眠障害(早朝覚醒)もだいぶ良くなってきてはいるものの、それでもN君よりよっぽど早く目が覚めてしまう自分である。 なので、正月も早々とベッドから抜け出して、パジャマのまま、大晦日に買い込んでおいた出来合いのお節を重箱に詰めたりする。 あとは、大してお節に興味のないN君のために、ご飯を炊いて酢飯にして、ニジヤで購入しておいたイクラをどーんと乗せて大葉を刻んで、イクラご飯にしたり、年末に会社の上司からもらった柚子があったので、それをくり抜いて、これまたニジヤで購入しておいたタコの刺身をオリーブ油と直島の塩と黒胡椒で和えたものを、その柚子の”お椀”に盛ったり。 こうやって書き出してみると、なんだか台所で仕事のできる女(オカマ)のようだが、カレーさえも失敗する「エスパー魔美」の魔美ちゃんレベルの自分であるから、味もたかが知れている(そもそも料理とも呼べないようなものですね・・・。) それでも、文句も言わずに、なんでも美味しいと食べるN君をみていると、自分もその姿勢を見習わなければなぁ、と正月から思う。 ふとすると、あれは嫌い、仕事も嫌い、人間関係も面倒臭い、掃除洗濯はするけれど、できるものなら何もしたくない、などとなんだかいつでもネガティブになりがちな自分であるが、一方で、N君は基本いつでもポジティブである。(年末も車を駐車場の柱にぶつけ、凹ませた時も、やたらポジティブで、その時は流石にイラっとしたわよね・・・。) 何事も、美味しい、嬉しい、楽しい、ありがたいと捉えて生きる人のように、自分も生きたいと思う。 2023年もこのブログを読んでくださっている方も、我が家も我が家の家族も友人も、平穏に毎日笑顔で健康に過ごせますように! 自分も、味の濃い甘いお節料理は 大して好きなわけでもなく、あまり箸が進まないのも事実(苦笑) (来年は、数の子とか食べたいものだけ選んで買うのでもいいかも) また2日からは大雨になるとのことで、2023年も正月は散歩をして過ごした。 大晦日の大雨で...

希望のうた

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今年の年末は、どこへ行く予定もないし、静かに過ごせるかね、と思っていた。 しかし、仕事納め後も、仕事でオフィスに行ったり、後回しにしていた衣類の断捨離やら大掃除やらをしたりで、結局慌ただしく過ごすこととなった。 そして、気がつけばもう大晦日。 今日は、やっと一息ついて静かに過ごせそうである。(といいつつ、朝一番で同業女子のM子と一緒に日系スーパーのニジヤに正月の買い出しに行ってきたのですがね…) 朝から雨のサンフランシスコで、うちも外もなんだか薄暗いが、気分だけでも明るくしましょうかねと、もうクリスマスも過ぎたというのに、クリスマスツリーの明かりをつけている。 そんな中、日本の家族や友人からは、LINEで紅白歌合戦の実況中継(結局、明菜は出なかったのね…)の後、新年の挨拶が届き始めた。 2022年は、相変わらず仕事はストレスでしかないものの、休みをもらって夏にはヨーロッパも行けたし、先月には4年弱ぶりに日本に行って家族にも長年の友人達にも会えたし(日本旅行については次の機会にまたこのブログで…)、こうやって振り返ってみると、今年はなかなか良い1年だったなぁ、と改めてありがたく思う。 一方で、日本での滞在中には、人間ドックも受けて色々と診断され(これについても、次の機会に(汗)…)、健康であることがいかに大事かを改めて感じている。 40も半ばとなると、サンフランシスコの同年代の友人とも、日本で会った友人達とも、健康話があれば、病気自慢もあったりする。 「うちらも、どんだけババアになったのよね」 と、健康話ばかりしていると、そんな台詞が聞こえてくるが、健康じゃなきゃ、行きたいところにも行けないし、会いたい人にも会えないし、食べたいものも食べられなくなるしね、ということで毎回話が収まるのである。 ということで、これを読んで下さっている方も、家族も友人も、そして自分自身も、2023年も健康第一で良い1年になりますように! 大晦日の昼飯は、年越し蕎麦とニジヤで買ってきた海老かき揚げ。 今回の日本滞在時に直島で購入した直島の塩でかき揚げを食すとうまし。 なんでも美味しいと食べれることの幸せよ。

夏は遠く霞むけど - ニューヨーク弾丸旅行

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気がつけば、12月。 気がつけば、今年もあと2日で終わり。 歳を取れば取るほど、時が経つのが早くなる、とは言ったもので、それを毎年痛感している。 今年は、ポッドキャストにはまってしまい、ブログ更新が疎かになってしまいました…。 夏のイタリア旅行記も中途半端なまま放置されていたので、今日大掃除の後、急いで終わらせたわよね。 この秋は、3年半ぶりに日本へ帰って、良い旅となったので、それについてはまた改めて来年早々に書くことにしつつ・・・。 そして、今年の8月には、ニューヨークにも1人で弾丸旅行をしてきたので、これについては、年が明ける前に(ぎりぎり!)ここに備忘録も兼ねて加えておこうかと思った訳である。 さて、レッドアイでサンフランシスコからニューヨークへ飛び、2泊3日の強行スケジュールに臨んだのは、久石譲さんがスタジオジブリの音楽をテーマにしたコンサートを開くと聞いたからである。 久石譲と言えば、自分が幼かった頃に妹と一緒に、母に連れられて映画館で横浜の映画館で「天空の城ラピュタ」を観たのがきっかけで、それ以来、ジブリ映画はもちろん、大林宣彦監督や北野武監督や映画音楽を担当された久石氏の音楽にのめりこんだのだった。 自分がピアノに興味を持ったのも、久石譲の音楽の影響だと思うわ! ということで、 久石譲さんももうお年ですし(失礼)、 自分も年だし、 これまた、いつ久石譲さんが指揮をする久石譲さんの音楽を生で聴くことができるチャンスがあるのかと思ったら、思わずコンサートのチケット、ぽっちっと購入して行ってきたわよ。 ニューヨークに来るとワクワクするわな。 いつかニューヨークに住んでみたい、と思いつつ。 ニューヨークへ行きたいか! 自由の女神を見るたびに、 アメリカ横断ウルトラクイズを思い出す昭和の中年のあたし。 突然決めた弾丸旅行だったので、 結局日中は、ニューヨークオフィスで仕事・・・。 今回の宿も会社のNYオフィスから徒歩圏内の、市立図書館の目の前のホテル。 つい昨日のことのように セックスアンドザシティを語りたい中年ゲイの自分としては、 キャリーの家のロケ地を訪れずにはいられません。 (今回は、ウクライナの旗立ってたわ) マンハッタンの紀伊國屋では、 我らが(中年おばさんの友)ジェーンスーさんの本も 絶賛販売中。 マンハッタンには大戸屋もあるのよね。 島ほっけの塩焼...

イタリア - ヴェネツィアに生きる、旅の終わりに

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あれは夢か現か。 アマルフィでの4日間はあっという間に過ぎ去ってしまった。 最後の目的地である、ヴェネツィアへ向かうべく、ナポリ駅へ車で向かう予定・・・、 だったのだが、車に荷物を詰め込んで、さて、お世話になったホテルに挨拶しましょうか、という時に、横にいたN君が血相を変えている。 「次は何? また腹痛?」 と問うと、車の鍵を車のトランクに入れたまま鍵を閉めてしまったというではないの! ナポリ駅での電車の出発時間は、2時間後。レンタカーを返すなどの時間も考えると、今すぐにでもアマルフィを出なければならぬ。 もはや呆れて声も出ぬ自分だったが、ホテルの人に事情を話すと、我らの心配顔を他所に陽気に笑い出した。 そして、ホテルの人はイタリア語で車修理の店へ電話をかけてくれ、すぐに駆けつけてくれたその店のおっちゃんは、ささっと工具を使って車の鍵を開けてくれたのだった。 終始、ホテルの人も修理屋のおっちゃんも、ニコニコしていて、そんな彼らを見ていたら、 ”何事も、ケセラセラ。なるようになるの精神で、いつも笑顔で楽しく生きていけたらいいね” などとぼんやり思ったりしたわよ。(ケセラセラは、イタリア語じゃなくて、スペイン語だわな?) さて、ナポリから電車に揺られ、イタリアの美しい田舎の風景を眺めていたら、5時間ほどの電車の旅もあっという間である。 はるばる南イタリアのアマルフィから北イタリアのヴェネツィアへ、わざわざ行かんでも、などと旅行前に友人からは言われたりしたが、今回ヴェネツィアを訪れたいと熱望したのは自分である。 突然のコロナ禍で、自由に旅もできなくなり、会いたい人にも会えなくなり、好きだった店も閉店してしまいと、この3年でそれを痛感したからか、 ”ここに来れるのもこれが最後になるかもしれない” ”この人と会えるのもこれが最後になるかもしれない” といつでも考えるようになった。 (自分ももう若くないので、突然コロナや他の病にやられるかもしれないですしね・・・) というわけで、今までローマやフィレンツェ、ミラノは行ったことがあったが、ヴェネツィアへ行ったことがなかったので、 ”これが、最後になるかも、しれないだろ (c) FFX” と、無理やり今回の旅程にヴェネツィアを組み込んだのである。 そして、そうやって遥々やってきた、水の都ヴェネツィアは旅の終わりに相応しい、素敵な街で...

イタリア - 天国を見たアマルフィ海岸

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さて、今回のイタリアの旅で、唯一我が家のN君と、訪れたいと思う場所が一致したのが、アマルフィ海岸である。 だいぶ前に、TBSの「世界遺産」か何かのテレビ番組でその美しい海岸線の映像を見て以来、長い事いつかこの目で見てみたいと思っていたのだが、今回ついにその地を訪れることとなったのである。 洞窟の街マテーラで腹を壊したN君も、翌朝には何事もなかったかのように元気になり(ほっ…)、ホテルで朝食をとったら、アマルフィに向かって出発である。 マテーラの街を出て、車を西へ3時間ほど走らせサレルノの街を越えると、なんとなく空気に潮の香りがしてくる(気のせい)。 日光のいろは坂のような山道を下っていくと、突然目の前に海が開け、右手の崖には水色やピンク色や黄色のパステルカラーの可愛らしい家々が立ち並んでいる。 「きゃ〜! アマルフィだ〜!」 中年のおっさん2人、思わず年甲斐もなく叫んだわよね。 そういえば、その昔、アマルフィを題材にした 織田裕二主演の映画もあったよな・・・ 地図を見てみると、実際にはそこはアマルフィの街ではなかったのだが、アマルフィ海岸であることは間違いないようだ。 その後、間も無くしてアマルフィの街に着いたものの、我々はそこからまた車で20分ほど崖の道を上らねばならない。(なんせ、直前にバタバタと決めた今回の旅行だったものだから、アマルフィの市内の宿はどこも満室だったのよ…。) レモン畑の側を走る、細い曲がりくねった道を上っていくと、ようやく今回のアマルフィ海岸での拠点、ラヴェッロに到着である。 その昔、音楽家ワーグナーが愛したという、小さな街ラヴェッロ。 アマルフィの街へのアクセスはあまりよくないが、 眺めが美しいので、よし、としましょう。 おっさん2人で来るには、この街は、ちょっとロマンチック過ぎる気もするがね。 結婚式によく使われるらしく、あちこちで美しい花嫁姿を見かけたわ。 このテラスからの眺めよ。 N君は、彼が好きな映画「TENET」に出てきた場所ってことで ひとりで大騒ぎ・・・。 昨日、腹壊して寝込んでたのは、どこいったよ。 それほど人も多くない、ラヴェッロの街。 確かに、中年のおっさん2人で来るには、美し過ぎるが、 喧騒を離れて静かに過ごせるのは、中年には丁度良い。 さて、我らのアマルフィでの目的は、とにかく、ぼーっと過ごすことである。 元々...

イタリア - 世界遺産と「007」の町で洞窟に泊まる

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コロナ禍に入ってから、映画館に行くことも滅多になくなった。 元々、地味な単館系の映画を好む自分としては、特に映画館に行かなくとも家のテレビで観れれば十分なので問題はない。 一方で、我が家のN君は、派手な、いわゆるハリウッド映画が好きなので、やはり映画は、映画館で観たいという。 そんな中、去年の今頃だっただろうか。 007/ジェームズボンドの最新作が劇場で公開されるということで、N君はどうしてもそれを映画館で観たいという。 確かに、007シリーズは、アクション映画に興味のない自分でも、世界各地の美しい風景をまるで旅をしてるかのように楽しめるので、毎回好んで観ている映画であった。 「それじゃぁ、人が少なそうな朝一番の回に観に行きましょう」 ということで、コロナ禍以来、初の劇場での映画鑑賞となったのであった。 その007最新作「No time to die」の舞台となった町が、南イタリアにあるということで、N君は、今回のイタリア・クロアチア旅行に、元々行く予定であった南イタリアのアマルフィーへ行く途中にあるところだし、どうしてもその映画に出てきた町を旅程に組み込みたいという。 自分はどちらかというと、一気にアマルフィまで行って、そこでゆっくり、細々とした移動なしで過ごしたかったのだが・・・。 あまりにもN君が推すので調べてみると、そこは洞窟住居で知られる世界遺産の町だという。 確かに、以前TBSの「世界遺産」でも見たことがある町のようだ。 "確かに今回行かなかったら、もう今世では訪れるチャンスもないかもしれない…” ということで、南イタリア「マテーラ」へ、行くこととなったのでした。 ---------------------- クロアチアのドゥブロブニクからの夜行船で、イタリアの港街バーリに早朝に着いたら、レンタカーで古いフィアットを借り、世界遺産の町、マテーラへ向けて出発である。 「マテーラに行く途中に、石積み屋根で有名な、アルベルベッロって街もあるから、行きたい!」 と、突然これまた欲張りなN君が言い出したが、慣れない船室でほとんど眠れなかった自分は、もはや抗わずに、N君の言うがままに従うことにする。 アルベルベッロの街が一望できるテラスで、 とりあえず一杯引っ掛けるあたし 円柱の白い建物に石を積み上げられて作られた屋根の家々は、 トゥルッロ群とよばれ、こち...

まだ生きてるよ

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前回の投稿後、夏の旅行記も中途半端のまま、仕事の繁忙期に入ってしまい、朝晩ストレスで血圧をバクバクさせながら、2ヶ月間、辛い日々を送っていた。 それでも、先週なんとかそんな繁忙期も終わりを迎え、その後遺症でまだ体はしんどいままだが、やっと人間らしい生活が少しずつ戻ってきている。 とにかく食事もままならず、夜も眠れぬような酷い生活をしていたので、こうやって、また平穏な日々に、台所でご飯を研いだり、味噌汁を作ったりする時間が、とんでもないありがたい幸せなことだと思えてくるわよね。 「サンクスギビングの休み、また日本帰ろうかな〜」 繁忙期に入る直前に、同年代のゲイの友人K枝と一緒に飲んでいると、そんな話になった。 K枝は、この春にも、年を重ねた親に会いに、一人っ子の責任感もあってか、コロナ禍以降初めて帰省したのだが、11月の半ばから、サンクスギビングの休みと合わせて、日本に帰ろうか考えているという。 自分も、夏の休暇に日本へ帰ろうかと、実家の母に打診したところ、コロナのことを考えると父や近所の人々が海外から訪れるのにあまりいい顔はしないかもしれない、と言うことで、諦めたのであった。 もはやどこへ行っても、マスクをしている人を見かけることはほとんどなくなった、サンフランシスコである(自分は今でもスーパーやジムではマスクしてますが)。 日本に住む友人たちに話を聞いてみると、東京もだいぶコロナも落ち着いてきているし、久々に帰って来れば、と言う。 それならば、自分もK枝と同じく、サンクスギビング前後に日本帰ろうかしらん!もう4年弱帰ってないし!と妹と相談してみると、 「んー、まだ実家はやめといたほうがいいかも・・・」 と歯切れの悪い返事が返ってきた。 どうやら、実家の父は、まだ自分が海外から帰ってくることに、いい顔をしないという。 こうなると、 ”もしや、自分が同性婚したから、会いたくないとか?” などと、オカマの被害妄想的考えも頭によぎるが、もう80近い(元々頑固な)父のことを考えると、確かに自分が無理強いして帰って、体でも壊されたら困る。 それでも、優しい我が妹は気を遣って、今回は日本国内旅行楽しんだら?とか、父なしでも母や妹夫婦と横浜や東京で会おう!とか、提案してくれる。 自分も家族も友人も、着実に年をとっており、特に日本に住む友人の中には大きな病気をした人もいるから、お互...