When Summer Comes

「こんなにいい天気なのに、今日は何でそんな地味な格好してるの? 堅いクライアントとミーティング?」

オフィスのドアを開けた側で顔を合わせた新人の女子がきゃっきゃと声をかけてきた。

昨日の夜寝る前、日付が替わってからワンコの一周忌ってことで、ワンコとの昔の写真をセンチメンタルに眺めてたせいか、今日の朝は起きてもなんだかそういう気分で、喪服みたいに黒のパンツと靴に白のシャツで出社しちゃったって訳なのよ。

確かに新人女子の言うとおり、こんなに天気のいい日差しの強い日に一人こんな格好をしてたら、そう思われるのも仕方ない。けど、「飼ってた犬の一周忌でね」、なんて説明するのも億劫で、その場は笑ってやり過ごした。

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そういえば、12年間一緒だったワンコとお別れしたちょうど1年前も、今日と同じ雲ひとつない青空の日だった。

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元気だった頃は、海辺に連れていけば数時間は走り回っていたり、仕事から家に帰ると自分のベッドの上から飛び起きて玄関まで走って出迎えてくれたり、自分がビール片手に枝豆をつまみながらテレビを観ていると枝豆を横取りして食べたり、仕事のストレスや孤独で泣きたい夜は自分の心を読むかのように側に寄り添って頬や手をなめてくれたりした。

だけど、18年という年月の間に、彼女の足腰は少しずつ衰え着実に年をとり、少しずつできないことが増えていった。

亡くなる前数ヶ月間は、目も見えなくなり、食事も殆ど取れず、歩くこともままならず、夜は痛みで泣き続ける日々。病院へ連れていけば、老化で手術も難しいといわれ、「Quality of Life」という安易な言葉で「安楽死」の選択肢を提示される。

人間と同じで犬も自分の家族なのに、安楽死なんて選択は絶対ありえない!

犬を飼う前は、ペットに対してこんな強い感情を持つなんて思いもしなかった。とにかく失うのが怖くて、元気になることを信じて、ネットで"老犬介護"や老犬によい薬・サプリを片っ端から調べたり、病院に連れて点滴を打ったり、入院させたり。



でも、結局「安楽死」を選んだ。

心優しい友達や医者はワンコのために正しい選択をしたと言ってくれる。だけどそれは本当に辛い思いをしているワンコのためだったのか。それは本当にワンコが望んでいたことなのか。亡くなる前日に、プラスチック容器から水を口に流しこんでやったとき、首を動かすことも殆どしなくなってたワンコが、突然プラスチック容器を歯型が残るくらい強い力でくわえようとしたのは、まだ生きたいというサインではなかったのか。

本当に正しい選択だったのか分からない。今でも思い出しては後悔するし、これからも後悔し続けると思う。

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病院ではなく、住み慣れた家で逝かせてあげたかったので、動物医の友達に頼んだ。

準備に時間が必要というので、元気だったときよく行った海岸に連れていった。雲ひとつない青空だった。ワンコを抱きかかえて海辺に近づくと、潮風の臭いが分かったのか、目をうっすら開けて遠くの海をみていた。そしたら、突然抱きかかえてる側からオシッコを垂れ流しはじめるワンコ。そういえば昔から潮風を嗅ぐとトイレに行きたがるくせがあったんだ。自分のパンツも靴も濡れていったけど、それもそのまま自由にさせてあげた。

家に帰り、友達の動物医が来て、最期のお別れ。彼女が好きだったピアノ曲、Oscar Peterson Trioの「When Summer Comes」を流しながら、好物のグリーニーやら煮干やらを枕元において、最期にお別れの感謝を伝えて…あとは大声で泣いたことしか覚えてないや。

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一緒にいた12年を今振り返れば、本当に彼女から色々なことを学んだと思う。

次の日からは仕事でニューヨーク出張。出張の間もクライアントの前でもボロボロで、悲しくてしょうがなかった。女優ぶっこいて(ブス)、ニューヨークの街中を泣きながら歩いたり、ワンコが居なくなった今もうアメリカに残ってる理由もない!日本帰る!なんて考えてたり。

でも、時間が少しずつそんな喪失感を和らげていってくれた。今じゃ、「この1年でこんなに太っちゃったのは、毎日の散歩がなくなったせいよ!」とワンコのせいにするくらいの余裕もある。

今も当時ワンコと毎日歩いた道を行く機会があると、ふとあの頃を思い出して涙することもあるけど、それは楽しかった時の思い出の涙で、絶望的な喪失感の涙ではない。

彼女が教えてくれた一番のことは、「悲しみは続かない」ということなのかも知れない。これから先も、またなんだか色々あって悲しんだり落ち込んだりすると思うけど、ワンコから教えてもらったことがきっと助けてくれる、と思う。

ありがとう、Fergie!





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