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続・死に至る病、そして(終)

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N君が、コロナに罹って大騒ぎをしていたのが、もう3週間近く前の話だったのだが、 結局、自分もその後すぐに陽性反応が出て、熱と体の節々の痛みで、1週間近く寝込んでいたのだった。 体は熱で辛いし、でも仕事は溜まっていくしで、心身ともに辛い1週間だったわ! 前回の投稿では、 「N君だけ罹って、自分だけ罹らないのは、不思議!」 などと、呑気なことを言っていたのですがね・・・(苦笑)。 幸い、ワクチンが効いたのか、重症化することもなく、咳や味覚・嗅覚障害もなく、 ただ、高熱と節々の痛みのみで済んだのだが。 熱にうなされながら、ネット上でのニュースを覗いていたら、 ”コロナ感染者は、脳が縮小する” とか ”認知症に罹る可能性の増加” とか、怖い話ばかりが目に付くが、もう罹ってしまったのだからしょうがない。 しかし、今でも、なんだか体の倦怠感が続いている気がする。 友人にそんな話をしてみたら、 「あんた、コロナにかかる前から、すでに始まってるし。老化!」 などと一蹴されたわよね。 寝込んでいる間、会社の同僚がわざわざ、野菜のシチューやお粥を作って届けてくれたり、 同業女子のM子は、ラベンダーのいい香りのする花を贈ってくれたり、 あるいはいつもならば、きつい冗談を言い合うような仲の、東京に住むゲイの悪友K子に至っては、 「あんた、ほんとに、お願いだから、元気でいてよね。」 と、思わずホロっとくるようなLINEメッセージを送ってきてくれたりと、 そんな人々の優しさに触れて、涙腺の弱い中年おかまの自分は、思わず涙。 心身ともに支えてくれる、周りの人々の有り難さに改めて気付いたのだった。 ---------------------- さて、N君も自分もコロナから回復し、何度かテストキットでチェックをして陰性が確認されたので、この週末は、久しぶりに外食に出かけた。 (アメリカ疾病予防管理センターの ウェブサイト で、陽性になった日や熱が平熱に戻った日を入力すると、いつから外出できるか算出してくれます。) コロナの間、熱でうなされていた頃は、もう本当に日本食だけが頼りで、 N君は、ピザが食べたいなどと、元気なことを言うが、 自分はそんな脂っこいものは無理で、同僚が差し入れてくれた、昆布の出汁の効いた優しい味のお粥が本当にありがたったのである。 やっぱり和食が一番だよなぁ、と改めて思う。 なの...

続・死に至る病、そして (5)

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散歩をしていても、スーパーに買い物に行っても、ジムに行っても、サンフランシスコの街は、多くの人がマスクをせず、普通に過ごしている。 どこに行くにも、もはやワクチン証明書も必要無い。 人々が、コロナ前と同じように生活しているのを見ていると、コロナ禍の日々はまるで夢の話かフィクションのドラマ名の中での話だったような、気がしてくるわよね。 そんな中で、自分一人、まだマスクをしていると、 "なんで、マスクをしてるの?” ”ワクチン打ってないのかしら?” みたいな顔をされる(気がする)のだが、自分はマスクをしている方が、安心な気がするので(あとコロナ太りした顔も隠せるし?苦笑)、今のところまだマスクは続けている。 自分の会社も、完全に再開し、マスクも不要となったが、自分はあの地下鉄に乗って通勤するのが億劫で、まだ家から働いている。 ------------------------ 金曜日。 「また、チームメイトが、コロナに罹った!」 とN君が騒いでいたのだが、もうここ数ヶ月で何度も聞いている話だったので、 「また、きたか」 と自分は驚くこともなく、チームメイトがコロナに罹ったタイミングとN君が練習に参加した日のタイミングを聞き、それじゃぁ、とテストキットの1つをいつものようにN君に手渡す。 米国の郵便局のウェブサイトから注文できるものや、会社の健康保険を使って購入できるもの(どちらも無料)が、我が家の棚にたくさん買い溜めてある。 N君は、いつものように手慣れた手つきで、鼻に綿棒をぐりぐりやり、溶液に浸してそれをテストカードに滴らし、15分ほど待って陰性であることを確認し、とりあえずホッとしたのだった。 その日の夜は、自分は、日本人のリアルおばちゃん&ゲイ友達のグループ(40代、50代の女性とオカマ)と、サンフランシスコの街外れにある韓国料理屋の屋外の席で、誕生日ディナーの会だったのだが、その後家に戻ると、N君は、なんだか疲れていると言って、早々寝床についていた。 そして、その翌日・・・。 なんだか朝から咳こんでいるN君である。 「あのさ、昨日陰性だったけど、念の為に、もう1回テストしてみれば?」 とN君を促し、昨日と同じようにテストしてみると、、、結果は陽性であった。 ”あらら、ついに、我が家にも、コロナがきたか・・・。” と、正直、驚きもない自分である。 あれだけ...

哀しみは絶えないから 小さな幸せに気づかないんだろ

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雨上がりの空。 雨雲の切れ目が、少し明るくなってきたので、いつものように散歩に出た。 いつもと変わらぬ平凡で静かな道を歩きながら、昨夜、日本に住む、中学時代の吹奏楽部仲間の女子から、真夜中に届いたLINEのメッセージを思い返していた。 彼女は、ウクライナの人たちのことを考えると、夜も眠れない日々が続いているという。 いつもならば、ふざけ合っている彼女たちと、戦争と平和について話し合った。 そして、 「うちらは、彼らの為に今、出来ることをしよう」 ということで、 自分も、微力ながら、 ウクライナ・難民支援の団体 に募金をしたのだった。 春の北カリフォルニアは、ウクライナ色 難民といえば、ついこの間、デンマークへ亡命したアフガニスタンのゲイの青年を主人公にしたドキュメンタリーを観たばかりであった。 「FLEE」というタイトルの、実際にあった話をアニメ化したドキュメンタリーである。 祖国で安全に住むことを許されず、ロシア、そしてデンマークへ難民として渡らねばならなかったゲイの青年とその家族の物語を観て、21世紀の令和のこの世にも、世界のあちこちでこういったことが起こっていることに、今更ながら、改めてショックを受けたのであった。 彼が家族にカミングアウトをしたあとに、 お父さんが彼をある場所につれていったシーンには 泣いたわ。 (C) NEON ------------ 先週末。 「久々に焼肉食べたいな」 「久々に家焼肉やっちゃおうか」 ということで、いつものニジヤで、肉やらカボチャやらその他の野菜やらを買い込み、久しぶりに、狭い我が家をもくもくと煙り臭くさせながら、家で焼肉となった。 牛タンは、塩とレモンで。 カルビは、やっぱりエバラの焼肉のタレと一緒に。 冷蔵庫の奥に眠っていた、古い野菜たちも、全部食べちゃおう。 遠い昔、東京に住んでいた頃は、西麻布かどこかの焼肉屋に、仕事の後にスーツのまま、スーツに匂いがつくのも気にせずに、美味しい焼肉を求めて、よく向かったものだが、アメリカに住んでいると、そんなものは夢の世界である。 そんな日本の焼肉には到底及ばぬが、こうやって、異国で家で焼肉をするのも、それ程悪くない。 そんなことを思いながら、ふと、箸を止めて、窓の外を見ると、遠くに見えるダウンタウンのビル群の中のセールスフォースタワーは、ウクライナの国旗の色に染まっている。 今...

卒業できない恋もある

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いつもの散歩道を歩いていると、桜や梅の花びらが、ひらひらと舞っているのに気づく。 つい数週間前は、美しい薄紅色の花を咲かせていた木々も、花を散らせ寂しそう。 3月に入り、サンフランシスコの"花見"の季節も、終わりが近づいているようだ。 それにしても、街は人であふれ、マスクをしている人もほとんど見かけなくなり、まるでコロナなどなかったかのようで。 自分の会社も、3月に入ってからは、オフィスでのマスク着用は必要なくなり、ミーティングなどの人数制限もなくなったらしい。 先週末、久々にジムに行ったら、マスクしているのは自分だけで、逆にマスクをしていると、 "こいつ、ワクチン打ってないんじゃね?" みたいな顔で見られたわよ? このまま、コロナもインフルエンザのように、ブースターワクチン打ってりゃ大丈夫、って話になるのか。 いずれにしても、日本の水際対策が緩和され、日本に帰れる日が近づいているのなら、嬉しいのですがね・・・。 -------------------------------------- 久しぶりに、泣ける映画を観た。 「 Coda (コーダ) 」というタイトルの映画で、耳の聞こえない家族の中で、一人だけ耳の聞こえる高校生の少女の物語で、実際に生まれつき耳の聞こえない役者が、その家族を演じている。 とても温かい、美しい良い映画だったのだ。 しかも、そんな映画を見ながら、遠い昔に一時期お付き合いをしていた、生まれつき耳の聞こえない昔の男なぞを思い出したもんだから、またおセンチ(昭和!)な気分になって、また涙。 もはや今、その彼がどこで何をしているかを、自分は知る由もないのだが、そんな温かい映画をみて、彼がどこかで元気に幸せに暮らしていることを、切に願うのであった。 というか、家のソファーに寝そべって、中年ゲイのおっさんが映画を見ながら、きったない顔で何度も涙を流すっていうのも、絵的にはかなりキツいですがな・・・(苦笑)。 ほんと、年取るごとに、涙腺弱くなるわ・・・。 テーマ曲の、ジョニ・ミッチェルの「青春の光と影」のカバーが また良くて。 思わず、 へったっぴピアノ で弾いてみたわよね。 (C) Apple TV+

運命はこのように扉を叩く。

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よく晴れた青空の日曜日。 「行ってきます〜」 と、朝から、我が家のNくんは、高校時代の友人とゴルフの練習に出掛けて行った。 今まで、ゴルフに興味もなかったN君だが、最近は自分のゴルフバッグも買い、熱心に練習を始めたようだ。 というのも、去年のクリスマス前、N君が彼の両親にクリスマスのプレゼントに何が欲しいか聞いたところ、家はもので溢れているから、欲しいものはない、何もいらないという返事だったというので、 「ものが要らないなら、”経験”をプレゼントしたらどう?」 と自分が提案したところ、ゴルフ好きのお父さんには、 "一人息子とゴルフワンラウンド招待券” を贈ることになったのだった。 (ちなみにN君のお母さんには、’息子と義理の息子(あたし)と行く、ワイナリーツアーの旅"券である。そういや、自分が小学生の頃は、よく母の日などに”肩たたき券”とか作って渡してたわよね・・・) というわけで、毎週のように友人たちとゴルフをしているお父さんと、対等にプレイできるよう、その日が来るまで日々練習に勤しむN君である。 ーーーーーーーーー さて、自分はゴルフもやらんし、N君もいないし、天気は良いが、オミクロンでジムやら何やらに出て行くのも怖いし、さて何しよか。 読みかけのまま積まれていた本に久々に手を伸ばしてみるも、これだけ天気が良いのに、家にこもっているとなんだかもったいない気がしてくる。 ふとスマホに手を伸ばし、SNSを見ていると、サンフランシスコ交響楽団の広告に目が止まった。 どうやら、今日の昼からベートーヴェンの第5番をやるという。 "久しぶりにシンフォニーも良いが、やっぱりコロナだしな" と思いつつも、そのウェブサイトなどをチェックしてみると、ホールの建物・劇場に入るには、ワクチン接種のほか、N95マスクの着用が必須で、布マスクや不織布マスクは不可という徹底ぶりである。 家から散歩がてら、シンフォニーホールまで歩けば良い運動にもなるし、たまには心への栄養が必要だわ、などといろいろと都合の良い理由をつけて、結局チケットを一人分、購入したのだった。 さて、今日の題目は、ベートーヴェンの「運命」とニールセンの「不滅」だ。 席につきホールが暗くなり、舞台袖から出てきた指揮者は、かなりのおじいちゃん・・・。 ”ちょ、ちょっと、じいさん、ベートーヴ...